2008/03/28(金) 22:43:39 [チベット]

 

 
当局の「制限」と「アリバイ記事」

20080328003
チベットの僧侶が「直訴」 外国メディア取材団に
 外国メディアの取材団が27日、中国チベット自治区ラサのジョカン寺を訪れた際、僧侶たちは実情を伝えようとした。その主な言い分は次の通り。「政府側の主張に真実はない。いつでもウソばかりついている」。「チベット人に自由はない。チベットに自由を」。「政府は、僧侶に対する国民の見方を変えてしまった。この地では、われわれはまるで受刑者のようだ」。「(寺院内の僧侶姿の人々は)本当の信者ではない。中国共産党員だ。彼らは政府が送り込んできた役人だ。そして、われわれは外出を禁止された」。「治安当局や軍は100人以上のチベット人を殺害した。さらに1000人以上を逮捕・拘束している」。「ダライ・ラマに帰ってきてほしい。政府はわれわれにダライ・ラマを冒涜(ぼうとく)するよう望んでいるが、それは正しいことではない」。「逮捕されてしまうことはわかっているが、われわれは戦い続けなければならないのだ」産経新聞 3月28日付記事より参照のため抜粋引用/写真は「治安当局によってチベット・ラサ市内に張り出された騒乱事件参加者の顔写真を見る市民」。時事通信3月28日付記事より参照のため引用

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当局の「制限」と「アリバイ記事」

 中国共産党による非武装市民の殺戮へと発展した、チベットの抗議行動については、有志ブログの多くがあつかわれていることと思う。諸氏の英邁な指摘と論及、周知の尽力に敬意を表し、重稿度々で恐縮だが、小ブログからも短稿を呈する。

 ようやく実現したかに見える外国人記者によるラサ(チベット)取材。だが、中国共産党当局は、あらかじめ、現地入り「させる」メディアと記者団を限定していたようだ。そのつぶさな様子について、一部のメディアは次のように報じている。云く、同取材については、『しかし人数も限られ、取材のアレンジは当局が行うということから、メディア側からは不満の声があがっている』(「Voice of India」3月26日付)と指摘している。

 また、『「ロジスティクスの問題」により、人数を制限せざるを得なかった』、『この取材を通じて、世界はラサでの真実に対する理解を深めるだろう』(同)との中国共産党外務省の秦剛氏(報道官)の説明に対し、 『しかし、世界中の危険地域で取材を行っているメディアは、「チベットはイラクやアフガンより危険で、ギアナ高地やガラパゴスよりも行き難いのか?」と不満を隠さない』(同)と述べている。今般の「外国人記者」への取材許可は、中国共産党は外国人記者にもオープンに情報を開示しているかに「見せかける」。そのプロパガンダの一環としての意味合いが濃厚である。

 まして、当局が大量の軍用者をチベット、および周辺に派遣し、「大掃除」した後の、しかも、当局によって「見せる場所」が限定されたラサ、チベットの様子を観ても、いわゆる「レア」な情報の取材は困難ではないか。かの冷凍餃子の食害事件に関わる工場の開放と同様のパターンである。まともに、中国共産党を相手にしても、このように都合勝手な「煙」にまかれるだけだ。あくまでも、外国人記者、およびメディアに対し、制限なしの完全自由な取材を保障しない限り、当局の発表はすべてフェイク、プロパガンダである、と認識する方が事の次第が判りやすい。
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「アリバイ記事」を綴る屈中メディア

 取材を制限する当局に応えてのことか、アリバイ記事にも映る報道が徘徊している。たとえば、『「漢民族に不満ない」 チベット暴動容疑者が外国人記者に』(「共同通信」3月28日付)との一報がある。云く、『中国チベット自治区当局は27日、中国政府手配の取材でラサ滞在中の外国メディア記者らに、14日起きた暴動などに関与したとされる容疑者2人に対する取材を認めた』(同)と。当局が認めた人物への取材なら許す。なるほど。

 云く、『2人ともチベット民族で「周囲の人間にけしかけられた。後悔している」などと語り、政府や漢民族に対する不満はないと強調した』(同)と。多分、「言わされているのだろうな」と。そうとも映る発言ではないか。たとえば、1980年代に、北朝鮮から「一時帰国」を許された日本人妻の人々が、会見などで、「北朝鮮は理想の国」(要旨)と発言した事例を思い出す。家族や親類を半ば人質にとられていれば、そう発言せざるを得ないだろう。右、発言もまた、同様と謂えるのかもしれない。

20080328004
“28日、平穏さを取り戻しつつあるラサ市内で
笑顔を見せながら働く市民”(共同)

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 そうした取材内容を、当局の意図に従って書く。これを「アリバイ記事」と謂わずして、何と呼べば良いのだろうか。
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チベット僧の発言を否定

 チベット僧の発言に触れた、次の一報があった。云く、『チベット自治区の区都ラサで、中国政府が組織した外国メディア取材団の一員として取材した香港無線テレビ(TVB)は27日、「取材先の寺院の参拝客らはすべて当局が動員した関係者だ」などと訴えるチベット僧侶の姿を放映した』(「読売新聞」3月28日付)と。また云く、『チベット仏教寺院ジョカン寺(大昭寺)を訪れた取材陣の前に現れた僧侶が語ったもので、「当局者を信じるな。すべてやらせだ」などと泣きながら訴えたという』(同)とある。大変に興味深い発言である。

 当局の監視下にあり、多くが「だんまり」を決め込むであろう中で、勇気ある発言に映る。このような言動に出れば、中国共産党に拘束され、あるいは処刑されるのではないか、と。外国人が懸念するような言動にもあえて踏み切る。「事実」を知らせたい、その思いからであろう。そうしたチベット僧の姿が目立つ。チベット虐殺には「だんまり」を決め込んでいるかの、どこかの国の宗教団体や人権団体は、この勇気に少しは見習ってみてはいかがだろうか。

 これに対し、当局の秦剛氏(報道官)は、『僧侶が何を言ったか承知していないが、(やらせとの指摘は)根拠がなく、無責任で事実に合わない」と反論した』(27日)とある。また、今般の取材が許された外国メディアについて、CNNは次の通り触れている。云く、『記者団に加わっているメディアはAPのほか、ウォールストリート・ジャーナルやUSAトゥデーなどの米紙、英経済紙フィナンシャル・タイムズ、共同通信社、韓国KBS、カタールの衛星放送アルジャジーラなど。CNNは中国外務省の取材許可を得られなかった』(3月27日付)と。 英国BBC、ドイツのRTLの名前もないようだ。短稿にて。
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【筆者記】

 「制限」と「アリバイ」、そして、「偽証」はファシズムの特技である。「顔」が報道されているだけに、記者団に訴えた僧侶のその後の安否が気がかりである。また、今般の“動乱”で、どれほどの数のチベット人が命を失ったことか。発表に慎重なチベット亡命政府でさえ、手を尽くしても確認し得ない、未掌握の情報はあまりにも多いと聞く。かくなる国の虐殺指導者の来日などは「もってのほか」である。来日反対の声が国会内で上がってもよいはずだが。
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 読者のみなさまにはお忙しい中、ご訪問をいただき感謝しています。ここに、新たに記事をアップさせていただけたことを有難く思います。 拙い記事に対し、有志のみなさまより、内容を的確にフォローいただくコメント、身を案じてくださるコメントに感謝します。昨今、売国事例と呼ぶべきさまざまな事件、不祥事が露呈していますが、良識の力によってこれらを今周知・打開し、未来の教訓とすべき「日本復刻」への確かな前兆と筆者は観ています。先ず膿を出し切って、病を治す。これもまた自明の道と思います。力を合わせて頑張りましょう。

 一日一日を大切に、みなさまと共に考え、真実を共有できればと願っています。事実を指摘する批判は「悪口」ではなく、真実を掘り出し、その共有のために不可欠です。また、真実の共有はすべての第一歩です。正論は真実から生まれ、良識の声は必ず力になる。辛抱強く支えていただき、共に闘ってくださるみなさまに心より感謝します。 

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2008/03/28(金) 12:47:30 [国内時事]

 

 
ごく自然に誇りを持てる日本を!

20080328002
文科省、新指導要領に「愛国心養成」を追加
 文部科学省は、約3年の改定作業を経てまとめた小中学校の新学習指導要領を28日付官報で告示する。 先月15日公表の改定案と比べ、「我が国と郷土を愛し」といった記述が追加されたほか、「君が代」についても「歌えるよう指導する」と明記されるなど、「愛国心」の養成をうたった改正教育基本法を色濃く反映する形となった。 これらの修正点は、文科相の諮問機関「中央教育審議会」の審議を経ないまま盛り込まれており、なぜ新たな文言が突然加わったのか議論を呼ぶのは必至だ。新しい指導要領は小学校では2011年度、中学では12年度から実施される読売新聞 3月28日付記事より参照のため引用/写真は「新指導要領の全面改定終了 愛国心など追加」NNN 3月28日付記事より参照のため引用。

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学校の荒廃

 改正基本教育法については、有志ブログの多くがあつかわれている事項と思う。諸氏の英邁な指摘と論及、周知の尽力に敬意を表し、小ブログからは、先ず、「君が代」と「竹島」の2点について率直な感想を申し述べる。

 小学校「音楽」で、「君が代は、いずれの学年においても指導する」から、「いずれの学年においても歌えるよう指導する」へと『明記される』とある。しかし、申し述べるまでもなく、いずこの国においても、自国の国歌を斉唱し、国旗を掲揚することは、「ごく自然な」行為である。

 ここに記される「君が代」は日本の国歌である。日本国民であるならば、自らの日本の国歌を歌い、日本の国旗を掲揚する。これも「ごく自然」に在るべき姿であるはずだ。文部科学省が、あえて、学習指導要領の中に「歌えるよう」に、と少々具体化したかに映るが、しかし、遠慮がちに一歩後退したかにも映る。

 たとえば、拙き筆者の子供の頃を思い起こせば、「君が代」を「歌えるよう」になったのは4歳の頃だった。さる所で「ボクは、何歳かな?」と尋ねられて、指4本を出して「4歳」と答えていたので憶えている。幼稚園に上がる前だ。日本国民として恥ずかしくないように、と両親が筆者に「君が代」を教えたのである。両親は、特別なセクトの人物ではなく、また、特殊な思想の持ち主でもなかった。ただ、国民として、先祖代々が眠るこの日本の地をこよなく愛し、感謝し、誇りと自信を持って生きるべき、と。その信条をもとに生きていたのだ。両親に感謝している。

 その信条はまた、いずこの国においても、その国を愛する親なら、自然に子に教え伝える信条でもあろう。まして、国民の基本事項として、それを学校教育の中で徹底する国は多い。この3月は、学校の卒業式の時期にあったが、式典の国家斉唱の時に、不起立、歌わず、の姿が目立つ学校もあったと随所に報じられていた。学校では「ごく自然な」ことさえ行えなくなった。「君が代」斉唱を教えない学校教育があるとすれば、生徒の「家庭」が歯止めとなるはずだが、その影さえ見えない事例もあった。残念なことであり、一部とはいえ、教育、家庭の両方の荒廃を垣間見る思いを禁じ得ない。
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目立つ「韓国」への遠慮

 最近の一部の報道、評論家に観られる傾向だが、韓国の新大統領就任を歓迎するかのように、親韓の報道、論考が目立つようになった。そう観るのは筆者だけであろうか。その一環であろうか、日本固有の領土である竹島を切り捨てるかの傾向が露呈しているように見受ける。そもそも、「領土」に関しては、主権国家の脊髄とも謂うべき重要な事項であり、問題があれば、国家間の外交の中で、解決を最優先すべき事項に他ならない。

 だが、この「最優先事項」を棚上げし、友好、また友好を先に掲げ、韓国へ遠慮するかのスタンスが余(あまり)にも目立つ。こともあろうに、文部科学省ともあろう存在までが、政治的配慮から指導要領に領土である竹島を明記しない。「おかしな」話ではないか。竹島は、その規模からすれば小さな岩礁の島である。だが、その小さな島には、国の命とも謂うべき「主権」と謂う大きな意義が集約されている。日本もまた主権国家の一員であるならば、竹島に集約された意義を亡失することなく、主張すべきは毅然と主張し、また、主権侵害に当たる事項に対しては毅然とその旨を指弾する。この先進国ではごく当たり前のスタンスを今一度見直し、持つべきだ。

 この「ごく当たり前のこと」すら放棄してしまい、重要な問題を棚上げし、「友好」、また「友好」に過ぎてしまえば、侵蝕、侵害では済まなくなる。今度は、この日本が不法占拠されてしまう。または、それに等しい状況に陥ってしまう。将来にかけて、次世代の日本にわたって、そうした懸念事項が数多く存在している。それでいいのか、と問いかけているのが小ブログの趣旨である。もしも、今の世代で解決が困難な問題とあれば、領土の意義を子らに教え伝え、次世代での解決を望む。それが責務ではないだろうか。文部科学省の方針は、今のうちにこの竹島を放棄せよ、と謂うに等しい。尖閣諸島の不記述も含め、省庁の「国籍」が問われるべき問題でもある。
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日教組と特定国

 あくまで独自の視点からだが、拙き考察を率直に申しべたい。上述の2点は、それぞれ特定国の影響に因るところが大きい。たとえば、「君が代不起立運動」を進める日教組が信奉する北朝鮮をはじめ共産主義国、および社会主義国に至っては、むしろ、国歌国旗を重視する国民的な色彩は濃厚である。中国共産党しかり、北朝鮮労働党もまた然りである。国歌、国旗を侮辱、あるいはその噂話をしただけでも密告により逮捕され、国家反逆罪の罪に問われる事例さえある。

 しかし、なぜ、日本の教育の場では日本の国歌、国旗を否定するのか。その目的は、この集団が教育の場で展開して来た「自虐史観教育」「東京裁判史観教育」「亡国教育」「反日教育」等に共通する、侮日思想の噴霧。それらを通じて、いわば、日本人として、ごく自然に持つべき「日本人としての誇り」「自信」を砕破(さいは)することにある。日本人を「骨抜き」にし、特定国の言いがかりに頭を下げさせる、言うなりの存在に貶(おとし)める。そうした人間を量産することに主眼を置いているのである。

 いうなれば、日教組は「特定国の意をくむ教育担当」であり、教育の部位からの思想破壊を進める「国害」集団として認識して差し支えない。また、日教組に教育を受けた世代が子の親となる時代に入った。教室で教えられたことが一種のトラウマになり、わが子に対して、自信を持って「日本」を語れない、教えることが出来ない親御もいると聞く。それが、一部で暴走する破壊的な教育への「歯止め」にはなれない要因となっているのではないか。

 しかし、ネット有志、有志ブログが指摘、周知されているように、日教組が意図的に教えて来た日本と、実際の日本の実像、歴史との間には、かなりの「隔たり」があることが判る。すなわち、日教組が子供たちにどれほど沢山の「嘘」を吹き込んで来たか。知れば知るほど、気づかれるはずだ。他の国ではごく当たり前の国歌斉唱、国旗掲揚までもが「普通に出来得ない」。そのような国に自ら貶める筋合いはないはずだ。
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■ 主な関連記事:

日本は毅然とあれ 3
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【筆者記】

 上述の通り、韓国に対しては、重要な問題を棚上げし、むしろ、同国を友好的に持ち上げる風潮が盛んである。最近、それを強調する一部の評論家の姿も見受けられることが残念である。論旨がブレる、あるいは、それまでとは正反対のことを言い出す。唐突なまでに、気でも違(たが)えたかのように「おかしな」ことを言い出す。政治家、識者などに数多く観られる現象だ。こうした「変化」があれば、特定国、あるいは、怪しげな新興宗教の罠(わな)にかかったと観てよい。

 裏を返せば、特定国、新興宗教の侵蝕、篭絡、そして「罠」に対し、一線、二線を画したしっかりとした論議、活動でなければ、国思うは活動は成り立たない。また、これらに対するスタンスで、政治家、識者の明確な見分けが可能になる。これについては、後稿の機会に、詳細に申し述べる。短稿にて。
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2008/03/28(金) 00:45:26 [アジア]

 

 
新疆でも再び「虐殺」か

20080328001
爆竹爆発、25人死亡=廃棄処分取材で記者も巻き添え−中国・新疆
【北京27日時事】 中国中央テレビによると、中国新疆ウイグル自治区トルファン市で26日午後7時(日本時間同8時)ごろ、大量の爆竹が爆発し、25人が死亡、9人が負傷した。行方不明者が4人いるという。 新華社電によると、市当局がトラック8台分の爆竹や花火を廃棄処分するため、市郊外にある砂漠の処分場に運び、車から降ろす作業をしていたところ、突然爆発が起きたという。死者の多くは爆破処理会社の作業員だが、廃棄処分の取材に来ていた地元ラジオ局の記者とテレビ局のカメラマンも死亡した。爆発事故の原因は調査中としている。 時事通信3月27日付記事より参照のため引用/写真は「大規模暴動の起きたラサで27日、中国政府の手配で現地入りしている外国メディアの取材団がジョカン寺(大昭寺)を訪れた際、チベット仏教の若い僧侶約30人が「チベットに自由はない」などと訴える騒ぎがあった」 時事通信3月27日付記事より参照のため引用
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本当に「事故」か

 表題のニュースをあるいはご存知のことと思う。本当に「事故」なのか。なぜ、この時期に「新疆ウイグル自治区」で余剰の爆竹・花火の処理なのか。しかも、大勢が同時に死亡するほどの爆発事故が、その処理場へ運搬する過程で起きるものなのか。行方不明者「4人」という点も気がかりである、等々。中国共産党政府の国営「新華社電」の報道ゆえに、また、時局を考え併せると違和感が否めない。そう思うのは筆者1人であろうか。

 最近は、衛星技術がさらに進展し、目標とする地上の様子については、かなり高い解像度でモニターできるという。大勢の群集によるデモ行進や、そこに軍用トラック、装甲車が集結する様子などは、十分に識別できる時代となった。3月10日にはじまったデモ行進の様子についても、それがかなりの規模であることを、いわゆる西側の国々は衛星を通じて気づいていたふしがある。

 当初は、装甲車の類は派遣していない。群集に発砲はしていない(要旨)と嘯(うそぶ)いていた中国共産党当局が、その後の“発表”で内容を改めざるを得なかった。その背景の1つには、いわゆる、衛星でかなりモニターされている、嘘をつけなくなった、と中国共産党の「自覚」があったのではないか。

 あくまでも推察の域を出ないが、しかし、その視座からすれば、表題の「事故」が新たな虐殺である可能性も考え得るのではないか。何しろ、中国共産党にとっては、いわゆる、反対分子や邪魔者、口塞(ふさ)ぎが必要な存在に対しては、「事故」や「人災」に見せかけた「殺害」は「お手のもの」だ。云く、『廃棄処分の取材に来ていた地元ラジオ局の記者とテレビ局のカメラマンも死亡した』とあるが、これは、「虐殺」偽装のためのアリバイとして用いている可能性もあるのではないか。仮に、そう認識すれば、事の次第が判りやすくなる。
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同じく緊張が高まった「新疆」

 チベット人の抗議行動が周辺3省にまでおよんだ時点で、あるいは、同様に中国共産党から軍圧、虐殺を受けた東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)でも、チベットに同調した抗議の波が起きるのではないか、との予測が国際世論の中にあった。だが、当局は、その流れを先読みするかのように、武装警察、民解放軍による、未然の抗議行動を抑止する策に出ていた。

 伝えられた、亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」(ドイツ・ミュンヘン)のドルクン・エイサ氏(同事務局長)の言葉が印象的だ。云く、『ラサ暴動後、新疆ウイグル自治区では目立った混乱はないが、同自治区南部のアクスなど3都市で夜10時以降の外出が制限され、警備が強化されたとの情報があるという』(報道)と。また、『1997年に同自治区で民衆のデモと官憲が衝突して死傷者が出た事件を挙げ、「人権状況が改善しない限り、事件は再び起こり得る」と述べた』(同)とある。

 また、この3月27日には、『中国公安省は27日、新疆ウイグル自治区ウルムチから北京に向かう中国南方航空機で7日に起きたテロ未遂事件について、「組織的、計画的な航空機テロ襲撃事件」とする捜査結果を明らかにした』(報道)があった。この航空機「テロ未遂」事件については、巨大なブラックボックスの中で起きたとされる事件だ。取り調べも発表も中国共産党とあれば、「真」「偽」のレベルから考察せねばならない。同党の手にかかれば、いくらでも、また、いかようにも“事件”はでっち上げることが中国共産党の特技であるからだ。
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【筆者記】

 過去の筆者記に触れたことがあったが、筆者の伯父に政治学者が1人いた。この人は、人類にとって最も忌むべき存在は、中国共産党であり、(当時の)国内においては、日本共産党と創価学会である、と言明していた1人であった。いずれの勢力が伸張・拡大すれば、日本は存亡の危機に陥る懸念がある。また、創価学会の一部が保守を偽装し、朝鮮半島の権益へと導く輩も出て来るであろう、と。今から30年以上も前に、今日の公明党、一部評論家の姿を言い当てている。何事も明快に答え、学生に教える人であった。

 また、いかなる曲折、いかなる困難を経ても、この日本は、日本であり続ける。その魂は不滅である、と明言していた1人であった。その伯父が40代半ばで急逝。過労で担ぎ込まれた病院でのことであった。年月が経つほどに、伯父の急死に不審がつのる思いがするが、今を以ってすれば、どうすることもできない。存命であれば、さぞ、ものを言う政治家になっていたことであろう。後塵をはるかに受けて、器はおよばずとも、国思う諸先輩に習い、そして、誇れる伯父にならい、コツコツと国思う活動を重ねてまいりたい。いつの日か、愚著に伯父のことを記したいと考えている。国思う魂は不滅である。短稿にて。
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