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2008/04/03(木) 16:39:34 [明るいニュース]

 

 
日本の誇れる職人気質

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fact 真相 ボイコット第1号
 オリンピックは、選手が活躍するだけの場ではない。身にまとうウエア、使う用具を提供するひとびとにとっても、真剣勝負の場である。そんな晴れの舞台であるはずの北京五輪を、ひとりの“職人”が“ボイコット”すると宣言した。埼玉県富士市の辻谷政久さん(75=写真)である。週刊新潮 4月10日号(4月3日号)より参照のため抜粋引用/写真は同記事(グラビアページ)より参照のため引用
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清々しい笑顔

 清々しい表情をしておられる。辻谷政久氏(辻谷工業)が、表題(新潮誌面グラビアページ)に紹介されている。北京五輪を指して、淡々と、『やっぱりこの国にオリンピックをやる資格はありませんよ』と語った。その発言については、J-CASTニュース(3月25日付)の一報をもとに、有志ブログの多くがあつかわれ、小ブログでも先稿(3月26日)に紹介させていただいた。その後、産経新聞が「【すごいぞ日本】ファイルI」の中で、3回にわたって、砲丸の真髄を極める辻谷氏を紹介(3月31日~4月2日付)しているので、ご記億に新しいことと思う。

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小さな町工場で五輪メダルを独占してきた砲丸(手前)
を作る辻谷政久さん
(産経 Web 3月31日付

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 表題記事でも、辻谷氏制作の砲丸について紹介している。云く、『砲丸投げで使う砲丸を作って来た。鋳物(いもの)の素材を、辻谷さんがひとつひとつ旋盤(せんばん)で削って仕上げた重さ7.26キロの砲丸は、他社製に比べ1~2メートル飛距離が違うといわれるほどに選手に好評。男子砲丸投げでなんと、アトランタ・シドニー・アテネと3大会連続でメダリスト全員が辻谷さんの砲丸を使っていた(写真の砲丸は同型)』と記している。砲丸に特別な仕かけがあるわけではなく、丁寧に制作され、砲丸の「重心」が安定しているためだ。
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切削による制作は辻谷氏だけ

 その砲丸作りの一端を、産経紙(4月1日付)は紹介している。『一度に100個作ります。14工程あるので1週間かかりますね(辻谷氏)』と。さらに、『大切なのは後半の仕上げの工程だ。耳と目と手の感触を総動員して微妙な比重の違いを見分けながら表面を薄く削っていく。研究を重ね、川口の鋳物工場でも体験的に働かせてもらってようやく身につけた技術である。「教えてもほかの人にはできません。経験で覚えなければ」という(同)』と。やはり、技術と経験、五感のすべてを尽くした職人気質。その入り口とも謂えよう。

 日本の優れた職人に共通していること思う。もしも、ぜひ、その技を教えてほしい、等と。安直に尋ねようものなら、たとえば、「その問いは、10年早い」と喝破される。そうした話をよく聞く。それだけ真剣であり、制作に没頭している。職人のその証(あかし)であり、また、物事に正直でなければ、こうした気質はあり得ない。切削による砲丸作りは、辻谷氏独自の技術のようだ。同特集には、辻谷氏の以前のエピソードとして、『外国製の砲丸を取り寄せて2つに割り、中を調べると、空洞があったり、鉛を詰めたりして重さを調節していることが分かった』とある。これでは、辻谷氏の技術には適わないであろう。砲丸を手にとる選手にも、その「違い」が判るはずだ。
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何事も時間がかかる

 辻谷氏の砲丸が五輪に初めて採用されたのは1988年(ソウル大会)とのことだ。だが、競技で使った選手は誰もいなかった。次のバルセロナ大会(1992年)で、辻谷氏の砲丸を使った選手が『銀メダル』を獲得。その後、アスリートに評判が広がり、アトランタ大会(1996年)、シドニー大会(2000年)、アテネ大会(2004年)の3大会連続で、メダルの「金」「銀」「銅」すべてを独占、との快挙となった。それまでには相応の歳月と努力を要している。

 言い換えれば、物事を簡単には諦めない。何事も時間と根気が要る。その大切さについても辻谷氏は教えてくれているに等しい、と謂えるのではないか。
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「北京はやめました」

 しかし、北京五輪への砲丸の提供をあえて断った。それは4大会制覇という、新たな五輪での実績の積み重ねをも断念する。そのことも意味する。辻谷氏のその決断には、そうした採用、不採用や利害さえも超えた気質と誇りがある、と拝察する次第である。「毅然」としたスタンスは、そこから生まれてくるに違いない。

 清々しい笑顔を拝見し、ここに短稿を申し述べてみたくなった。およばずながらも、数十年後には、この辻谷氏のような表情で生きていたい、誇りを持つ日本人の1人でありたい。そう願って止まないからである。短稿にて。
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■ 主な関連記事:

砲丸「北京五輪提供しない」
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【筆者記】

 職人気質に通じる日本の学者もいる。辻谷氏のニュースで思い起こしたのは頑固な恩師の存在である。院生時代に、その恩師から贈られた言葉が現在を支えている。ある日、少し不精して手抜きの小論を提出した時のことだった。恩師は、不機嫌そうに筆者の小論文をクシャクシャと丸めて、くずかごに捨てて見せた。

 そして、こんな莫迦な学生を育てた覚えは無いぞ、とばかりに筆者を睨みつけ、こう諭(さと)したのである。「少しは世界に通用する学者になりたければ、孤独に耐え得る力と、100万人をも説得できる論理の力を磨け」と。また、「知識は、その人間としての力量を磨いた上で初めて活(い)きるのだ」と。また、「チャラチャラと知識を披見していい気になるな。1万年早いぞ、お前の態度は」(要旨)と。

 極寒の中で氷水を浴びせられた思いがした。否、5トントラックでバックして来た恩師から、氷の山を身にぶち撒かれたような痛さ、辛さがその時にあった。だが、その言葉は愛弟子への贈り物だったのである。感謝している。その懐かしの地も、桜の開花が間近のようだ。
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 読者のみなさまにはお忙しい中、ご訪問をいただき感謝しています。ここに、新たに記事をアップさせていただけたことを有難く思います。 拙い記事に対し、有志のみなさまより、内容を的確にフォローいただくコメント、身を案じてくださるコメントに感謝します。昨今、売国事例と呼ぶべきさまざまな事件、不祥事が露呈していますが、良識の力によってこれらを今周知・打開し、未来の教訓とすべき「日本復刻」への確かな前兆と筆者は観ています。先ず膿を出し切って、病を治す。これもまた自明の道と思います。力を合わせて頑張りましょう。

 一日一日を大切に、みなさまと共に考え、真実を共有できればと願っています。事実を指摘する批判は「悪口」ではなく、真実を掘り出し、その共有のために不可欠です。また、真実の共有はすべての第一歩です。正論は真実から生まれ、良識の声は必ず力になる。辛抱強く支えてくださるみなさまに心より感謝します。  
  
 


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