2006/10/29(日) 04:58:19 [チベット]
虐げられるチベット
映画「セブンイヤーズ・イン・チベット」より
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英人記者の話
何を怖れてか、わが国のメディア、特に新聞がチベットが報じる機会は少ない。中国軍が銃口を向けたチベット人のほとんどが、武器を持たない若者であり、無抵抗な婦女子であり、老人であった。
次の話を英人記者から聞き、筆者は大変に胸が痛んだ。
中国の兵隊に見つかればその場で銃殺される。だが、百に一つの望みがあるならば、それに賭けてでも子供だけは生き延びて欲しい。そう願う母親たちがわが子を抱きしめ、あるいは手を引いて、決死の思いでヒマラヤの麓を越え、北インド・ダラムサラの施設に幼子を預けに来る。
今もそういう母親は後を絶たず、そして手から離れた幼子は幾度も母を振り返る。その幼い目に映る母の姿。それが最後になる場合がほとんどだという。
本稿では、BBCが報じた数編のチベット情報を集約した記事である。小ブログ(前版)で掲載していたが消失。しかし、有志の協力によりここに復刻させていただくことができたのでアップさせていただく。
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チベットに毛沢東の巨像
チベットで中国が毛沢東の巨像が建設中。4月17日付のBBCがこのニュースを報じている。死後30年をうたうメモリアルだが、重量35トン、高さ12メートル(5メートルの台座の上に7メートルの毛沢東像)で、4万平方メートルの敷地に、7月の完成予定で建設中とのこと。
建設中の巨像(BBC)
この巨像建設の理由について、チベット常駐の共産党員の「チベットの多くの人々に感謝の気持ちをうながすため」とのコメントが紹介されている。
しかし、長い間、中国の軍事圧力下で統制されてきたチベット人の反応は複雑であることはいうまでもなく、そこに新たな中国の象徴を打ち建てることで、中国の支配力を誇示しようとする狙いがあるとBBCは指摘している。
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BBCが報じるチベットの概要
4月23日付(英時間)のBBCニュースがチベットを紹介。地理的な位置や独自の文化をはじめ、1950年10月に始まった中国軍の侵攻についても報じている。
「西欧社会にとって、チベットにはミステリアスなユートピアというイメージがある」と延べ、「標高が平均で13,000フィート(ft )(約4,000m)、世界の屋根ともいえる高さに位置している」と紹介。
そのような地理的な特質から、1950年に中国の侵攻が始まり、今日まで続いている弾圧と圧政が始まるまでは、外界とは一種遮断された世界だった。
宗教はチベットでは重要な役割を担っている(BBC)
チベットの精神的な支柱であるダライラマは、そうした中国の統制から逃れ、北インドのダラムサラに支援者とともに仮の政府を樹立。その間、祖国チベットは中国政府の移民政策によって激変した歴史も紹介されている。
たしかに、1207年に、チベットに北接したタングート部は蒙古軍の襲来によって崩壊。続いて1271年、蒙古はチベットの東半分を統治する元朝の成立を宣言した過去はあった。1279年に南宋が滅亡した後、元は中国統一を完成させたという史実はあった。
しかし、現在の中国が、その元を、今日のチベット支配の口実に用いるために中国の「正統王朝」に位置付け、元の征服地のうち少なくともその東半分が「中国の領土」と主張する「論理の歪み」も指摘している。
中国の侵攻からインドに逃れるダライラマ(BBC)
1950年10月に、中国の軍事圧力によって締結を余儀なくされた「17項目合意」は、中国の軍事侵攻を正当化させられるものに過ぎず、以来、東チベットをはじめ、多くのチベット人が侵攻を進める中国軍の手によって殺害されることになった。
中国軍のチベット侵攻(BBC)
1959年3月には、首都ラサでチベット人が蜂起したが、中国軍は87,000人を殺害して民衆を鎮圧。ダライラマと80,000人の国民が北インドに亡命。そして、周恩来によるチベット政府の開放宣言へと続いた。
1965年に中国が「チベット自治区」を設置。次いで66年から毛沢東の文革(文化大革命)により、チベットにさらに激しい虐殺と破壊がもたらされることになった。
そして、1971年、中国はチベット北東部に核兵器の配備を開始。同時に、チベット国内への核廃棄物の投棄がはじまった。
1984年、チベット亡命政府(インド)は、中国軍の侵攻によって殺害されたチベット人が120万人にのぼること発表。80年代から中国政府はチベットへの大量移民を推奨し、多くのチベット人女性が中国人との結婚を強いられ、チベット独自の文化の破壊は一層進むことになった。
現在のチベットは観光用に残されたわずかな寺院も含め、中国文化がかなり入り混じったものになっているが、高地の生活に馴染めずに逆にチベットを離れる中国人も増加。90年にいたって中国はチベットへの戒厳令を解除したが、軍事力を背景とした統治は今も続いている。
チベットの70%は草原であり、主な経済活動は農業。人権団体は、中国が遊牧民を一定居住区に押し込める政策は環境破壊につながると指摘。しかし、中国はその政策は経済活動の効率を高め、自然災害から遊牧民を守るためと主張。
だが、チベット人はその政策が短期的に功を奏しても、居住区以外の大地に広範に生息している野生動物が、中国人の乱獲によって次々と絶滅の危機に瀕していると指摘している。
中国人による野生動物の乱獲(BBC)
また、環境団体は、中国がラサまで引いた鉄道工事がもたらした自然破壊を批判。鉄道は3ヵ所の自然保護区を破壊し、レイヨウ、ガゼルなどの動物が絶滅に瀕していることを指摘している。
しかし、中国はチベットを「森のミネラル」と呼び、重要な天然資源庫としか考えていないようだと報じられた。
今も残るチベットの大自然(BBC)
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中国人の猟獲場となったチベット
中国政府は、チベットの経済改革の支援と称し、大量の中国人移住を促進している。中国の政府統計によれば、チベットのGDPは、2003年で1978年から比べればおよそ28回倍の成長を遂げたとしている。しかし、その成長から利益を得ているのはチベットに移入している中国人であり、それを本国へ持ち帰る渡り鳥に等しい、とチベット人の苦しい言葉が聞こえてくる。
人口の約93%をチベット人が占めているとされるが、中国人の割合は急激に増大している。中国人がチベットの経済をはじめ他の領域を独占的に支配して文化的な平等性を脅かしており、その影響によって国内のバランスを崩れていることをチベット人は憂いている。
チベット人の人口比率(BBC)
さらに大きな変化は、ゴルムド(格爾木) −ラサ間を結ぶ鉄道の開通で起こるだろう。その鉄道の開通が、中国人の往来をさらに増加させるものと予測されている。
チベットの亡命政府(北インド)は、江沢民氏が2001年8月にニューヨークタイムズに寄せた論文について、鉄道敷設は経済投資よりも政治的な支配力を強める意味合いが強い、と指摘している。
「それが商業ベースに見合っていないので、何人かは、このプロジェクトを進めないように私に助言した。しかし、これが政治的な決定であり、商用的に多少のロスがあったとしても、わが政府はこのプロジェクトを成功させるだろう」と江沢民氏の論文を伝えている。
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チベット人居住区の今
BBCは一つの視点からチベットについて報じている。中国は、支配によってチベット人民は豊かになった、との広報宣伝を繰り返しているが、その“恩恵”に享受しているのは移入中国人であり、多数のチベット人は収容所とも見間違える施設区域へ強制移住を余儀なくされている(記事後半)。
前半に登場するジグミ氏は、制限付きながらも遊牧的な生活を許されている貴重なチベット人である。
チベットとその首都ラサの位置(BBC)
チベットの人口の大部分を占めていた遊牧民が国土の8割を占める平原から追いやられ、中国政府の隔離政策によって居住区に集められつつある。
遊牧民の姿が消えゆく平原は、中国政府による野生動物の乱獲と開発、そして核廃棄物の投棄などによって環境破壊は増大の一途をたどっている。
はじめに
ジグミ(Jigme)氏は、中国西部の四川省(Sichuan province)居住区に住むチベット人家族の大黒柱。生活の糧を求め、彼とその家族は年間を通じて幾度かキャンプを移動する。一ヶ所に長く居たとしても2ヶ月くらいか。チベット人の約40%が遊牧民か準遊牧民である。
家族
ジグミ氏は、夫人と3人の息子、1人の娘を含む7人の身内とともにヤクの毛で織った1つのテントの中で暮らしている。夜の就寝前に、空腹な霊を追い払い、泥棒や狼が寄りつかないように暗闇に向かって吼えるようにしている、とジグミ氏は語る。
朝の習慣
乳搾りのため、ヤクやミトンをテントの後ろ側に集めるジグミ氏の娘・ラクパさん。絞った乳は遊牧民の貴重な基本食。茶に入れて飲む他に、乳はバター、チーズ、ヨーグルトの素材になっている。家畜の糞は乾燥して燃料に使い、その毛や皮は住居やロープ、衣類の材料に使っている。
恵まれた一家はヤクの所有を500頭まで許されているが、それが20頭以下の貧しい一家もある。ジグミ氏の一家は40頭を所有。役所からはヤクの所有が多過ぎないようにと勧奨されているが、生活のためには相応の頭数を持たないとやっていけない、とジグミ氏。
隣家を訪問
娘のヤクの世話が落ち着いた頃を見計らって、ジグミ氏は町に出かける。出かけるのは10〜14日に一度くらいだろうか。町へ向かう途中、実の妹がいるキャンプに立ち寄って一息つく。この渓谷では皆が一つの家族、とジグミ氏は語る。
茶を飲みながら、この渓谷の最近の出来事を話す。最近亡くなった人のこととか、鉄道や電気工事のことなどもね、と続けた。
寺院を訪問
地域の寺院では電気も水道もまだ通っていない。わたしたちがテントの中でそうしているように、寺院でもソーラーパネルを使って電灯をともしている。修行僧は修学と祈り以外に何もすることが無い、とジグミ氏。
町に住んでいる僧たちは、余暇にマージャンやビリヤードを興じたり、中国のアクション映画を観たりしているが、と続けた。
物々交換
この老いたラマ僧(チベット僧)がチベット独自の薬の調合とハーブの処方を提供してくれる。信頼を置いている、とジグミ氏。
町の薬局でも薬を売っているが、キャンプの家族は中国語で書かれた効能書きを読めないから、このラマ僧を頼りにしている。
お礼にバターやヨーグルトをラマ僧に渡している。彼は長年町に出かけていないので紙幣の遣い方がわからないから、と続けた。
時の流れ
渓谷の道を通り抜けるとそこは岩切り場。道路が出来た後に電線が通った、と語るジグミ氏。
住んでいる渓谷に道路が延びて、いずれわれわれの家にも電気が通うようになるだろうといわれている。だとすれば、道路が延びてくるのは歓迎したい。
そうなると中国人が働きに来るようになるだろう。だが、わたしは中国を話せないので、彼らがどう接してくるかはわからない。いつも寒そうにしているが、と解説を続けた。
移動手段の発達
友人の多くが馬からオートバイに乗り換えている。かつて乗る馬にそうしていたように、オートバイに飾りやカーペットをほどこして楽しんでいる。
もし息子がバイクを欲しがっても、父親として馬にこだわりたい。バイクを使うにしても町から住まいが遠過ぎるし、この地帯は石がゴロゴロしていて、まだまだとても乗り回せる環境ではないから、と語った。
町にて
町のチベット人地区は、近代化と開発、中国人の人口の波に圧されて大きく様変わりしている。(中国語表記の看板が増えた)
共存のため、チベット人は中国語で働くように強制され、そのための教育と技量の習得が進められているがどうやら民族の肌に合わないようだ。田園地域へと次第に圧しやられるチベット人の貧しさはより深刻化している。
食料の調達
わたしは無用にヤクを殺したりはしない、と語るジグミ氏。町には中国人の食肉加工屋があって、肉はそこから購入している。10年前はバターと交換できたが、今は紙幣で代金を払わなければ肉を手に入れることができない。
中国当局が紙幣を流通させることによって、昔ながらの物々交換の習慣は消えつつある。
遊牧民の隔離政策
政府のポリシーは遊牧民の隔離政策のさらなる促進にある。表向きには、チベット遊牧民の畜産経営の効率化と自然災害からの保護がうたわれているが。
結局は、遊牧民の人口制限と特定地域への押し込めが政府のもくろみのようだ。
カルチャーショック
遊牧民の大部分にとって、生活の近代化への移行は困難なようだ。
小さな道路とブロック塀で区切った近代的な住居をたとえ与えても、自然と同化して生きてきたチベット人にとっては、すべてがそこから新しく隔離され、草原との接点を断ち切られた苦しみは消えない。
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【筆者記】
今後の資料として、小ブログに掲載・格納させていただく。海外で報じられるチベットの実情について、これからも機会に触れて紹介してまいりたい。
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参考資料:
■ 中共「対日政策要綱」(概観)
これはネットで知られている「概略目次」を記録した身近な「参照用控え」だが、検証解説版を順次アップする予定。
■ 共産主義黒書 コミンテルン・アジア篇
ご存知の方も多い、実態を知る参考になる良書。この夏に日本語版が出版。
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一日一日を大切に、これからもみなさまと共に、外交、社会問題について考え、真実と正論の共有を志し、微力ながら努めてまいります。
よろしくお願いいたします。
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10月2日にランキング(政治)に再参加いたしました。
【中共はいい加減にしろ!と思われる方はクリックを!】
2007/05/18 00:00 設置 (PCカウント)
Author:博士の独り言
いかなる組織、団体とも無縁の日本人発行のメルマガ、およびブログです。初期のように、氏名とプロフィール、写真を掲載すべきと考えていますが、迫る身の危険回避の意味からも自重すべし、との筆者をよく知る友人らの制止により、現在は「博士の独り言」として活動しています。活動自体も全く無収入です。