2009/06/27(土) 09:58:57 [闇政治/闇法案]
テレビ、新聞に顔を並べるメディアの配信には、観る人、読む人の思考停止を誘うかの傾向性が強く感じられます。また、日本人であることが、あたかも恥ずかしいことであるかのような、あらぬ自虐意識、奇妙な先入観を、無意識のうちに植え付けているかに映る番組、報道も目立ちます。昨今は自殺者増加の傾向が観られるが、自殺者個々の事由はさまざまであっても、しかし、その背景には、このような国で生きていても仕方がない、と思い込むかの厭世(えんせい)観が蔓延しているためではないか。また、その責任の一端は、こうしたメディアの報道にもあるのではないか、と洞察している次第です。さまざまな「情報の濁流」の中にあって、ネットから、この状況で良いのか、と問う声が広がり始めたことに、人として持つべき良識の、新たな萌芽を観る思いがします。国思うみなさま、識者諸氏による、それぞれ応分のご活躍のさらなる発展を願う次第です。
また、一連のメディア報道に目立つ傾向は、筆者から指摘させていただければ、「侵蝕」の意味合いが色濃い。メディア自身もそれに気づかずにいるかに映ります。実際に、そう指摘できるケースも少なくないでしょう。一方では、多大なCM,広告、あるいは、新聞の代行印刷、他の権益などの利益と引き換えにするかのように、報ずる「情報」の加工、操作が殊更に目立ち始めています。その一方で、「事実」報道や、真に社会問題として問うべき事項は省略する、あるいは、まったく報じていません。たとえば、「人権擁護法案」や「永住外国人に対する地方参政権付与」があり、「国籍法改正案」もその顕著な事例の一つであると考えます。
およそ、推進者の立場からすれば、国民がその中身を詳しく知れば都合が悪い。反対議論が起きては困る。それらの抵抗値が低いうちに法律化してしまえ、とするかの、特定団体や集団の糸(意図)引きを目の当たりにする思いを禁じ得ません。そのためには都合悪し、とみなす存在に対する「言葉狩り」「個の圧殺」もまた立て続けに起きている。そうした報道傾向が特に際立つ。これが本年を振り返ったメディアに対する率直な感想です。これらの特異な傾向について、筆者は、小ブログで「侵蝕」と記している。筆者が記す「侵蝕」は、すなわち、人間の内面から蝕み、弱体化を図る侵略と洞察しているためです。雨風で山や岩が「浸食」される現象とは当然異なる。また、単に、物質、経済的に「侵食」されるだけではない。「侵蝕」はより深い次元からの侵略を意味し、他国による対日毀損、工作の実情の上で、その効果的な「具」として、少なからずメディアが買い取られている現状を指摘して来ました。
日本人であることに誇りを持てない国を現出する。メディアの多くが、そのための、人の内面を蝕む侵略行為に加担している、と認識すれば事の次第が解りやすくなります。 聡明なみなさまには、すでにお気づきのことかと思います。とりわけ、この日本に、ある国のような自虐的な国家状況を現出させる。たとえ、学術活動の上から、自国の歴史を振り返り、たとえば、あの事項は実際には無かった、この事項は再検証すべき、等の研究論文を書いただけでも罰せられる。日本もそのように変造させ、延々と謝罪、賠償を差し出すような「国」に造り替える。その背景には、特定国のその意図、思惑が存在し続けるでしょう。そのための、ニュース、番組、記事などを通じた盛んな自虐史観の植え込みであり、それによる政治と民意の弱体化のためのさまざまな対日工作が存在する。その状況にある、と筆者は洞察しています。ブログを通じて指摘させていただいている通りです。
たとえば、性的奴隷は無かったのではないか、と言っては罰せられ。南京大虐殺の真偽の検証をしただけでもまた罰せられる。そして、子々孫々の世代にいたるまで、この日本が謝罪、賠償請求の対象とされてしまう危険性があります。いわゆる、小ブログで指摘して来た闇政治と闇法案、闇ビジョンなどがそこに合流し、いずれは、確実な自虐国家へと造り替えられる。その可能性もまた否定できません。
その意味で、一般にありがちな、「テレビでこう言っているから」とか、「新聞がこう書いているから」(要旨)、とそこで思考停止してしまうかの視点から一歩卒業して、「テレビでこう言っているけれども」と。または、「新聞がこう書いているけれども」(要旨)、しかし、と。そこから、あらたに考え、事実を洞察する。いわば、新聞に読まれ、テレビに観られないための、良識の眼を培うことが大切です。さらには、テレビでも、新聞でも報道していないが、その実際はどうなのか、と。この、人間として本来あるべき思考、洞察を働かせる。視聴者、紙面読者としての「メディア」に対する免疫性を高めることが、「闇法案」や「闇政治」に対する、有効な良識の一手と出来るでしょう。いわば、「闇法案」を見破るそのキーファクターがメディア報道のスタンスや報道の有無にある、ととらえれば、日々の生活の中で、「報道」に対するあらたな意義を見出すことが出来るのではないか、と。こうも考える次第です。(要旨より)
この日本を、そのような国にしてはならない。この思いが、筆者の抱く「危機感」である。新たな年は、国思う政治家諸賢、識者諸兄に敬意を表し、心同じくするネットの有志のますますご活躍を願い、その一隅を照らすブログとして、また、理工系出身者の一人として、さまざまな論考を通じて、この問いかけを、今後も身の続く限り重ねてまいりたく思う次第です。日本は毅然とあるべきで、国思うみなさまの存在に、その実感を強くする思いです。日本人は、一旦、事実を正確に識り、心底納得すれば、事の運びは迅速です。以って、今後において、多少の紆余曲折、艱難辛苦(かんなんしんく)はあろうとも、この日本が、本来在るべき原点に立ち還る時は必ず到来する。みなさまの存在が、子々孫々の世代から感謝される。その日は必ず到来するでしょう。その世代が今日を振り返り、考証する時に、良識のみなさまから遅れをとらないように、日の丸のもとに胸を張れる一人でありたい。これが、身を尽くす事由です。以上、闇法案に関する概略を報告します。
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Author:博士の独り言
いかなる組織、団体とも無縁の日本人発行のメルマガ、およびブログです。初期のように、氏名とプロフィール、写真を掲載すべきと考えていますが、迫る身の危険回避の意味からも自重すべし、との筆者をよく知る友人らの制止により、現在は「博士の独り言」として活動しています。活動自体も全く無収入です。