2009/07/03(金) 15:59:21 [メディア/意見書]

「にっぽん」の引き合いに、盗賊の首領

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【天声人語】(7月3日)
 歌舞伎の「白波五人男」で盗賊の親分格といえば日本駄右衛門(にっぽんだえもん)。捕り手に囲まれ、「問われて名乗るのもおこがましいが」と始めるせりふは舞台の華だ。出自や来し方を七五調で朗々と語る▼そして最後に「六十余州に隠れのねえ賊徒の超本(ちょうほん)、日本駄右衛門」と番傘かざして見えを切る。ここはやはり「にほん」より、「にっぽん・だえもん」の語呂がいい。五輪の応援もしかりで、声に力を込めるにも「にっぽん」の方が具合が良いようである▼さて、「ニホン」なのか「ニッポン」なのか。国号をめぐる古くて新しい難問に、政府がどちらでもよろしい」と答えを出した。いずれも広く通用しているから、というのが理由である。麻生内閣の、歴史に残る閣議決定になるのかもしれない。朝日新聞「天声人語」7月3日朝刊より参照のため抜粋引用/写真は朝日新聞の「天声人語」(切り抜き)(同日付)より参照のため引用

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岩國哲人氏「質問主意書」への答弁書

 表題の紙面(朝日新聞の天声人語)は、「歴史に残る閣議決定になるのかもしれない」と記している。だが、詳しくは、岩國哲人氏(民主党・衆院議員)提出の「日本」の読み方に関する質問主意書に対して、「『にっぽん』または『にほん』という読み方は、いずれも通用しており、一方に統一する必要はないと考えている」との政府見解を述べる、その答弁書の提示を「閣議決定」した、とするもので、直ちに、法的な拘束を意味するものではない。その意味で、
この天声人語は、あらぬ誤解へ誘導しているかに映る。

 そもそも、「にっぽん」の呼称を冠する誇り高き事例は数多とあるはずで、歌舞伎とはいえ、あえて、盗賊の「白波五人男」の首領格と謂われる日本駄右衛門(にっぽんだえもん)を引き合いに出すあたりは、いかにも、毀日新聞らしさが窺える。対日情報工作新聞の面目躍如といったところではないか。「天声人語」は、教育関係の一部の試験や教材資料に取り込まれてはいるが、折々に、自虐教育の場での毀日誘導への具とも変じるため、そもそもが、青少年を対象とする教材や資料に採用する筋合いにはないはずだ。

 紙面が斯様に「日本」の呼称を揶揄し、「にっぽん」への統一を示唆するのであれば、日本(にっぽん)共産党や日本(にっぽん)ユニセフへの改称を促せばよい。たとえば、日本(にっぽん)新党や日本(にっぽん)放送協会との呼称が必須となれば、力強くて良い。力強く呼称する分、なんだかなあ、との違和感もよりハッキリするであろう。「日本(にっぽん)放送協会が、受信契約のお願いにまいりました」と来れば、いかがであろうか。むしろ、表向きの呼称とその実態とのあまりの「差異」がより明確になって良いのかもしれない。
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朝日新聞社への問い合わせ

筆者: 今朝(3日)の「天声人語」についてお尋ねしたい。「にっぽん」という呼称の引き合いに、歌舞伎とはいえ、盗賊の親分「日本駄右衛門」を引き合いに出されているのは違和感を感じるのだが。


朝日: はあ、なるほど。盗賊を引き合いに出すことは相応しくない、ということか。

筆者: そうだ。御紙面に折々感じることだが、同じような傾向が見受けられる。新聞という立場から、もう少し、日本の事柄に関しては、引き合いも、参照も、ポジティブな事項を示されるべきではないか。


朝日: 担当にその旨申し伝える。

筆者: 確かに、暗いニュースは少なくない。それは現下の世界各国で共通している。それゆえ、この日本では、新聞を読む者が、日本人で良かった、という爽やかな読後感や、読んで有意義だった、との感想を抱ける。それが、紙面の基本にあるべきではないか、とふと思うが。

朝日: 有意義なご指摘をいただいた。
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 日頃とは、やや異なる角度から指摘させていただいた。多くの意見書や書簡を書く上で、先ずは、云うべきを指摘させていただく。確信犯的なメディアに対しても、その一環としてアプローチを続けている。この分野では、1000人に1人の啓蒙に資すれば良し、としている。
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“政経交代”報道の妄想

 併せて、別事例を報告するが、“政権交代”報道の事例でも、最近は、各紙にこのように語りかけている。

筆者: “政権交代”報道にそろそろ飽きて来たのだが。

新聞: というと?

筆者: 小沢一郎氏や鳩山由起夫氏による“政権交代”ならば、90年代に一度実現しているはずだが。

新聞: 云われてみれば、そうだ。

筆者: その“政権交代”の時に、小沢氏らが何を残したのか、残せなかったのか。その時に、有権者がどれほど落胆したことか。その具体的な事跡を報道して、現今の“政権交代”のスローガンに対照した記事を配するべきではないのか。

新聞: なるほど。必要かもしれない。

筆者: “政権交代”すれば、何かが変わる、かのような大報道だけでは、あらぬ幻想を植え付けるに等しい。過去に同様の事例があれば、それと対照して、たとえば、“政権交代”が実現した未来には何が期待でき、何が期待できないのか。その客観的な検証を数十万人、数百万人の読者の目に示すのことが「公器」であるべき新聞、ひいてはメディアがなし得る社会的役割ではないのか。

新聞: 確かにそうかもしれない。

筆者: 報道はあくまで自由かもしれないが、社会的責任があることも忘れないでいただきたい。こうした視点から、紙面やメディアの要・不要を判断する読者、視聴者は増えていることを念頭に置かれたし。

新聞: その傾向は確かに感じている。貴重なご意見に感謝する。

筆者: もう1つ。広告の掲載だけではなく、創価学会や幸福の科学の社会的矛盾やおぞましい体質についても、きちんと書いていただきたい。仮そめにも、事件やテロが起きてからでは遅い。無報道の責任が問われるだろう。


新聞: 難しい問題だが、これから検討して行きたい。
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 このような次第である。そもそも、こちらも、所詮は、啓蒙に資するのは「1000人に1人」であるのかもしれないが、決して無駄にはならない。そこに忍耐が要ることだが、たとえ、そうしたい気持ちがあったとしても、頭から「莫迦」呼ばわりすれば、人は話を聞かない。だが、じっくり話せば、国思う啓蒙の端緒が開けることも希にある。どこかで、ご参考としていただける場面があれば、とふと思い立ち、雑感ながら、以上を併せて報告する。
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【筆者記】


 一部の人たちからすれば、「博士の独り言」は、ずいぶんと嫌なことを書く「悪質なブログ」なのだそうだ。最近では、再び、許すな、消去しろ、との声が筆者に届くようになった。身の光栄である。身近に気づいた事実は、どしどし書かせていただき、国思う活動の中でも指摘して行くので、ご覚悟あるべし。以上、記事を参照し、短稿雑感ながら、小考を報告する。
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 読者のみなさまにはお忙しい中、ご訪問をいただき感謝します。ここに、新たに記事をアップさせていただけたことを有難く思います。 拙い記事に対し、国思う有志、読者のみなさまよりいただく、内容を的確にフォローくださるコメント、アドバイスに感謝します。一 日一日を大切に、みなさまと共に考え、真実を共有できればと願っています。事実を指摘する批判は「悪口」ではなく、真実を掘り出し、その共有のために不 可欠です。また、真実の共有はすべての第一歩です。正論は真実から生まれ、良識の声は必ず力になります。みなさまと国思う心を共有し、カルト、 パチンコ、対日毀損や自虐史観など、日本を侵蝕する害悪全般を指摘し、真実を問うブログとして、胸を張って頑張ります。辛抱強く支えてくださるみなさまから、いただく日々新たな応援に心より感謝します。  

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