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2011/03/25(金) 22:43:57 [民主党]


菅首相、1週間ぶりの会見

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福島第1原発事故 原子力安全・保安院、3号機原子炉内から漏水の可能性高いと認識 東日本大震災の発生から2週間。この大震災による死者は、1万人を超えた。こうした中、福島第1原発の3号機のタービン建屋で高い放射線量の水が出て、3人の作業員が被ばくしたことについて、原子力安全・保安院は、この放射性物質を含んだ水は、3号機の原子炉内から何らかの原因で漏れているものとの認識を示した。FNNニュースWeb)3月25日付記事より参照のため抜粋引用/写真はFNNニュース同記事より資料として参照のため引用
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応急措置と抱負、他人任せの政府判断

 その様子を出先のテレビで拝見した。国民の前へ実に1週間ぶりに会見に姿を現した菅首相が、震災後2週間を経て(要題)として表明した政府方針には、概ね、福島第一原発の事態悪化の食い止めと早期収拾への抱負。震災被災者への救援と救済への抱負の2点があった。現実に、最優先で進めるべき国家の応急措置に違いない。だが、同首相が示した政府方針には、その先の項目がなかったのである。関しては後段で指摘させていただく。

 表題に報じられる、今般の、現場での作業者3人の被爆事故。その不幸な事故によって、指摘されて来た「放射能漏れ」がいよいよ現実味を帯びて来た。後稿であらためて指摘させていただくが、そもそもの初期対応の決定的な遅れを招いた菅首相の「視察訪問」にまで遡及し、事の真相を指摘せねばなるまい。

 また、今般、「福島第一原発から半径30キロ圏内にある福島県南相馬市など9つの市町村の住民へ自主避難を求めた方針に対して、事故の深刻化と危険性が高まりつつある事実に対して、政府は後追いして来たのみではないか(要旨)、との質問に対し、菅首相は指摘を否定しながらも、図らずもこれまでの政府方針の度々の変更は原子力安全員会の分析と報告にもとづいている(要旨)と述べたことが印象的であった。

 同首相の“いつもの”メンタリティから拝察すれば、同発言にもまた、あるいは、事の混乱の責任を安全委員会へ転嫁するかの意図があったのかもしれないが、国家のデシジョンメーカーとして有るべき使命感と責任感が見事なまでに欠如している様子をここでも拝察した次第である。いわば、最たるデシジョンメーカーとして十分に機能し得ない。多くの国民を巻き込む公然の危機に対しても、私的な希望的観測を交えた抱負しか示し得ないとすれば、地方議員以下のレベルに過ぎず、その存在それ自体がもはや国害としか指摘し得ない。
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日本を侵略国の「実験場」に

 国民への結束を呼びかけるのはごく当然としても、後手と責任転嫁を是とするかのように、国難広がりつつあるその最たる時期に、1週間も国民の前に姿を現さず、情報の上からも、危機に対してすべからく対処し得ない首相、内閣をどう支えて行けと謂うのだろうか。このように拝察せざるを得なかった。

 いわば、政府のデシジョンと対処がこれだけ遅れれば、原発事故では、日本の場合はこうなる。たとえば、計画停電では都市のどの機能が麻痺するか。産業や流通機構のどの部分にどの程度の支障や停滞が現出するか。当該エリアの国民にどのような支障が出るか。農産物や水道水に放射性物質を検出と発表すれば、どのような反応と混乱が起きるのか。それらの状況を、つぶさに侵略国に対しても披露している。実験的にモニタリングさせているに等しい、とそう認識しても差支えない状況を現政権が身を以って現出しているかに映ってならない。

 民主党政権へ移行してからの、筆者が呼ぶところの「四亜」による主権侵害が著しくなり、まさに、狙い撃ちの状況現出と指摘し得る外患を招いて来た現実からも、上述の邪推は単なる「邪推」とは笑い捨てられない国状へといたっている。年末年始の小稿では、都市機能の不審な麻痺について、洞察し得る諸々を指摘させていただいた。

 災害報道に紛れるかのように報じられていた、今般のみずほ銀行の長期間のシステム機能ダウンもまたその一類として考察し得るが、同時に、大震災という不幸を大規模な「実験台」にするかのように、民主党政権が日本国民をモルモットにしたかのような、たとえば、上述の日本「ケーススタディの場」を他国に与えている、と認識すれば、皮肉にも、これまでの政府対応の一つ一つがつながるかに映る。
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■ 主な関連記事:

【読者】人民解放軍「民間偽装兵?」考 2011/03/21 
諸外国「民主党政府不信」考 2011/03/18 
菅「テロ政権」考 2011/03/16 
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復興プロセスの根底に、国家再興への針路と心を

 さて、上記の応急措置は不可欠な目前の国家的急務である。同時に、国家にあるべきは、その先の中長期にわたる復興計画と、さらに国家再興への確たる針路が「応急措置」の根底にあらねば「国務」とは謂えない。また、復興は物質的な救援やインフラなどの枠組みの再整備に終始しても「復興」とは謂えない。復興の真の原動力は、何より「日本国民の心の復興」にあることに政治は気づかねばならない。

 たとえば、戦後の日本復興は、明らかに先帝陛下の全国への行幸にその端処があった。家を失い、あるいは、物資乏しく着るもの貧しくとも、国家再興へ向けて多くの国民が総じて立ち上がったのである。物を配給すればそれで良し、とするかのそもそもの日本人のメンタリティとは異質なコミンテルンの発想ではなく、今、日本に必要な力もまた、先ずは「日本国民の心の復興」にあることを確認させていただきたい。

 国家は無数の家族が集まる大きな家である。さればこそ「国家」という。家族と家族とが力を寄せ合って助け合って国を支える。古来より日本人が大切にして来たその家族の力をここであらためて確認し合い、国家の至宝をあらためて確認し合う機会と出来れば、日本は必ず復興する。また、その針路の確立の上にこそ、怪しい政治パフォーマーではなく、この日本に相応しい、日本の政治をなす日本の政治家が必ず選ばれて行くに違いない。

平成23年3月25日

博士の独り言
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日本は毅然とあれ!

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早朝の路傍にて(筆者) 
 花弁(はなびら)に 降りたる霜の 露となり 輝く姿ぞ 美しき哉
義広
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