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2013/03/05(火) 19:10:00 [メルマガ/博士の独り言 II より]

武士たる者は

 時折、「涙した」との記事を書くためか、瑣末な身を「泣き虫」と評される向きがおられるが、多感なことは自覚している。また、多感、繊細な面がなければ、そもそも学者は務まらないのである。

 但し、国思う日々の中で己のために流した涙は一筋も無い。怪我を負っても、骨折しても。不本意な清貧を味わっても涙を流したことは無い。

 至宝と至宝おわす敷島とその次世代のためにのみ涙は許される。武士たる者の孫はそう覚悟して生涯をまっとうすべしと。そう教えられて育ったがゆえである。

 (以上、メルマガ「博士の独り言」 平成24年第31号より)

 http://www.mag2.com/m/0001088522.html
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【付記』

 国思う勉強会へ骨折の身で臨んだことがありました。しかし、みなさまの前では「痛い」などとは一言も発しなかった。後の述懐で、足首を骨折していたなどと書けば、「嘘だろう」と云われたこともあった。ブログ更新をしているじゃないか、怪我で目がよく見えないのは「嘘だろう」とも。それでいよい。

 しかし、決して嘘の類ではなく、いかなる眼前であろうとも「隙」を見せずと努めるのが武士である。そのためです。
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小講「武士は食わねど高楊枝」 2011/10/05 
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日本は毅然とあれ!  

20130305001  
路傍にて(筆者)
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