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2007/11/28(水) 21:00:00 [歴史関連資料]


「水一杯」を英霊に捧ぐ

20070623001
火山も『いおうとう』島名と統一へ 気象庁検討
 国土地理院が六月に「いおうじま」から「いおうとう」へ呼称変更した小笠原諸島・硫黄島(東京都小笠原村)。一方で気象庁は火山名で「いおうじま」と呼び続け、ちぐはぐな状態になっているが、同庁も呼称変更の検討を始めた。近い将来、島名も火山名も「いおうとう」に統一されることになりそうだ。
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 戦前の旧島民は「いおうとう」と呼んでいた。太平洋戦争での激戦を経て戦後統治した米国は「Iwo Jima(いおうじま)」と称し、日本復帰後も「いおうじま」が一般的となった。だが、旧島民の「いおうとう」への強い思いから、小笠原村が地名修正を要望。国土地理院は海上保安庁と協議の末に六月十八日、呼称を「いおうとう」に変更した。東京新聞 8月27日付記事より参照のため引用。/写真は硫黄島(読者提供)

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ひと柱でも多くの遺骨の帰国を

 この硫黄島でも、今もなお同島に眠る多数の遺骨。ひと柱でも多く、故郷・日本に帰還できることを願う。
読者からご提案いただいた「コップの水一杯」を運動に紹介し、気持ちの上だけでもみなさまにお願いし、小稿を再掲する。敬礼。
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本土を1日でも長く守るために-すべての可能な努力を

 1944年夏、マリアナ諸島を攻略した米軍は、同年11月からB-29による日本本土に対する長距離爆撃を開始。航路の中間地点にある硫黄島(いおうじま)は、米軍にとって、本土への空襲を本格化するために、どうしても抑えたい重要な島であった。


20070623002
硫黄島の位置Wikipedia)
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 作戦開始を間近に控えた1945年2月16日。「硫黄島は攻略予定は5日間」。記者会見でスミス中将は説明している。3昼夜におよぶ激しい爆撃で、米軍が同島に投じた爆弾の量は700トン。砲弾は5000トンにもおよんだ。物量に圧倒した先制攻撃の後に、米軍は硫黄島への上陸を開始。

20070623003
3昼夜にわたる攻撃が加えられた(記録映画より)
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 しかし、そこから日本軍の反撃が始まった。同島の地下には、栗林忠道中将の発案により地下壕(全長18キロ)が網の目のように構築され、その中に、激しい砲撃を耐えた日本軍が待ち構えていたのである。米軍の目算では「5日間」で終わるはずだった同島の攻防は、実に36日間以上におよび、米軍は日本軍を上回る損害を被った。


 日本本土に対する米軍の無差別爆撃は、軍需施設を狙ったものではなく、明らかに非武装の民間人を標的としていた。戦前の渡米経験から米国をよく識り、空襲激化の状況を知悉(ちしつ)していた栗林中将は、この米軍の本土侵攻を1日でも遅らせたい。家族や子供たちの平安を1日でも長く、との思いを強くしていた。

 この決戦の前年に、父島へ赴任した栗林中将は戦況を詳細に調査し、米軍は硫黄島へ進攻すると判断。当時は無防備に等しかった硫黄島へ司令部と第109師団を移動。すでに、圧倒的な戦力で制空権と制海権をほぼ手中に収めていた米軍に対し、硫黄島を防戦の拠点と決めたのであった。

 どうすれば米軍の侵攻を遅らせることができるか。それは米軍の思惑を覆(くつがえ)す「島の要塞化」であった。栗林中将の才智と、同中将のもとに士気上がる守備隊が可能な限りの努力を尽くし、短期間の内にその構想を実現し、持てる戦力のすべてを尽くし、徹底的な持久抗戦を貫いたのであった。

 この大規模な地下陣地の構築と戦力の合理的な配備によって、補給が途絶えた中で、物資、兵力で3倍以上に達する米軍に対して善戦。異例の大打撃を与え、本土進攻を遅らせたのであった。

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本部玉砕後も続いた戦闘

 地下壕の中は、折からの火山熱により、摂氏40度を超える暑さであったという。すでに補給がなく、ゆえに食料も水も底を尽き、この限界を超えた状況の中で、米軍の侵攻を1日でもより長く阻止するために、日本兵士は闘ったのである。

20070623006
栗林忠道中将(記録映画より)
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 そして、ついに同年3月17日、栗林中将は東京の大本営へ訣別電報を送信。


 『戦局遂に最期の関頭に直面せり、十七日夜半を期し小官自ら陣頭に立ち皇国の必勝と安泰を念願しつつ全員壮烈なる攻撃を敢行する。敵来攻以来想像に余る物量的優勢をもって陸海空より将兵の勇戦は真に鬼神をもなかしむるものがあり』(以下略)と打電。

 補給路を断たれた中で、また、砲弾も尽きる中での戦いであった。同26日、日本軍の最後の反攻が行われ、栗林大将、市丸少将以下、数百名の残存部隊がアメリカ軍陣地へ攻撃をかけ、日本軍の組織的な戦闘はここで終わった。しかし、島北部の残存兵力による散発的な戦闘はなおも続き、6月末まで戦いは続いた。まさに62年前のつい先日まで、硫黄島には、母国への攻撃阻止を最後まで願い、日本兵士の戦いが続いていたのである。

 完全終結までに、日本軍の戦死者は20,129名(島民から徴用された軍属82名)。生存者1,033名は米軍の人道的救護のもとに保護された。一方、米軍の戦死者は6,821名。負傷者は21,865名を出した壮絶な戦いであった。
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「一杯の水」運動の提案

 読者から次のコメントをいただいので紹介する。(以下、引用)

 関西テレビのナマでもズバリ!という番組の中で青山繁晴氏が「硫黄島は生きるヒントを語る」というテーマでお話をされていました。氏が特別許可を得て硫黄島に降り立ち取材をした中で、見たもの、感じたこと、その他の取材内容に関して、涙ながらにお話されています。(中略)

 遺骨収集によって帰国出来た兵士は八千人。残り、一万人の英霊たちはいまだ帰国出来ていません。

 硫黄島の兵士たちは、アメリカ軍による本土空襲が、日本の軍事施設や工場を爆撃するためのものではなく、実は日本の女性と子供たちを殺すことを目的としていたことを知り、栗林中将の下、地下壕を堀って立てこもり、少しでも長く戦おうと硫黄島を死守していたそうです。そうすればその分、本土の女性や子供たちが命をつなげることが出来るからでした。

 青山氏はまずは私たち国民一人一人が、私たちを守るためだけに死闘の限りを尽くして亡くなっていった英霊の方々のために、一杯の冷えたお水を供え、硫黄島に思いを抱いて欲しい。そして、それがゆくゆくは遺骨収集の国民運動になって欲しいと願っています。

(以上、引用)
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 ご投稿に感謝する。すべてが尽きた中で、なおも母国・日本を思い、家族と女性、子供たちを守らんと死力を尽くした兵士方々は、地獄のような暑さと飢え、渇(かわ)きととも闘っていたのである。時と場所を超えて「一杯の水」を捧げる。この心を大切にしたい。

20070623004
硫黄島の地下壕跡(記録映画より)
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 「冷えた一杯の水」。勇士はどれほど口にしたかったことか。その思いに敬礼を捧げ、小稿に感謝を捧げ、そして、一杯の水を捧げる。

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【筆者記】

 かけがえのない命と引き換えに、国を守り育てた先人英霊あればこそ、今の日本がある。日本人として生まれ、日本の「飯」で育ち、日本の「言葉」で学び、この国土に生きて来た。無数の先人が命と引き換えに守り育てて来たこの「日本」があればこそ、今の自分自身の存在がある。先人、父母に敬意と感謝を捧げる。そのごく自然な感謝が、日本人の尊厳と誇りの底流にあるべきである。
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 読者のみなさまにはお忙しい中、ご訪問をいただき感謝しています。ここに、新たに記事をアップさせていただけたことを有難く思います。 拙い記事に対し、有志のみなさまより、内容を的確にフォローいただくコメント、身を案じてくださるコメントに感謝します。

 一日一日を大切に、みなさまと共に考え、真実を共有できればと願っています。事実を指摘する批判は「悪口」ではなく、真実を掘り出し、その共有のために不可欠です。また、真実の共有はすべての第一歩です。正論は真実から生まれ、良識の声は必ず力になる。共に闘ってくださるみなさまに心より感謝します。



Comment


沖縄と硫黄島の将兵が、持久戦で時間を稼いでくれたおかげで、日本は、アメリカからの実質的な条件降伏を勝ち取る事ができたので、彼らの犠牲は決して無駄にはなっていない。

硫黄島是非とも行ってみたい島です。
なんとかして先祖の英霊に感謝の意を表したいです
説明をすれば...
 第一義的にはもちろん、「呼称は主権国家に帰属する」。何の疑いの余地もない。
 これに、米国向けにもう少し説明を加えれば、納得しない連中ではないように思う。
 「トウ」と「しま」の音訓の関係に、意味の相違がなく、日本ではこれまで多くの固有名詞が慣用や誤用によって音訓交代をしてきたこと。日本はこれまで「富士山」や「切腹」を欧米が呼ぶ「フジヤマ」や「ハラキリ」を副呼称として認めてきたこと。日本の呼称変更が、諸外国の国内向けの呼称変更をも強制するものではないこと。
 その上で、歴史の書き換えなどとんでもない!と反論すればいいと思う。

「硫黄島 栗林忠道大将の教訓」小室直樹著 WAC
日本人必読の一書です!!
硫黄島忌
 日米で合同慰霊祭をやって居るのは、報道されて居ましたが、正式に、その日を硫黄島忌=イオウジマキと言う慰霊の日を設けたらドウだろう。

 イオウジマの方向に向けて、祭壇を造って、皆で冷水一杯を供え、手を合わせる、それだけでよい。

 子供達の心に「暑かったでしょう、お水をどうぞ」と言う気持ちを育てたい。

お疲れ様です。
初代海洋相は冬柴国土交通相が兼任するそうです。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070703i102.htm

慰霊
戦いの最中 どんなにか冷たい水がほしかったことでしょう。 平成6年2月 天皇皇后両陛下は硫黄島で将兵の慰霊をされました。美智子皇后の御歌(みうた)です。
「慰霊地は今やすらかに水たたふ 如何ばかり君ら水を欲(ほ)りけむ」
慰霊地に作られた池と将兵の気持ちを慮つています。

私は病院で余命幾ばくもない病人の傾聴ボランテアしています。そこに硫黄島から帰還された元兵士が入院されていて、当時の事を伺っています。淡々と話されるので尚その悲惨さが胸に響いて、言葉もなくただただ頭を垂れるのみです。おっしゃっていたのは喉の渇きの忘れられない凄いとも形容しがたい辛さということでした。帰還以来一日も欠かさず、朝起きると一番水を英霊に捧げ祈り、その一杯の水を一日かけて一口ずつ大事に押し戴いて飲む。そしてこの一口を散っていた戦友に飲ませてあげたい!・・・そればっかりです。だから一滴の水も無駄にしたことはありません。と、その小さな湯飲み茶碗を見せて下さりながら、眼にはうっすらと光るものがありました。
あいさんへ
あいさん、はじめまして。

傾聴ボランティア、とてもよいことですね。

硫黄島戦の生の声を聞けるなんて、羨ましいです。

辛い話も多いかも知れませんが、繰り返しの話しでもじっくりとこの方の話をしっかり聞いてあげて下さいね。

良かったらまた折りにふれて、聞いた内容をこちらに書き込んで見て下さい。


皇后陛下が硫黄島で、英霊の方々の慰霊のために詠まれた歌を思い出しました。

「慰霊地は今安らかに水をたたふ如何(いか)ばかり君ら水を欲りけむ 」

天皇皇后両陛下も皆さんと同じ思いなのだと思います。
冷たいお水をお供えします。
灼熱地獄の中で悶え苦しんでも、ご先祖様は、「未来の希望」(女性と子供)を守り抜いて下さったのに、その子孫である私達は、ご先祖様の「恩」に報うどころか、「仇」をなしてるのではないでしょうか?

国を売る政治家・官僚・マスコミをここまで野放しにしてきた、私達国民の責任も重いと思います。少しでも恩に報いる為にも、ご先祖様の汚名を雪がなければなければならないと思います。捏造された従軍慰安婦決議案なんかに、首相の公式謝罪&日本国からの賠償など、論外中の論外です。これ以上、在日や特定アジア(中朝韓)に好き放題などさせません。


自衛隊の基地があり、知り合いの自衛官も勤務していました。島には野生の小さな鷹の爪(唐辛子)があり、もらったことがあります。とても辛くて何か英霊の心が染み込んでいるのかな?と思うと!!!!英霊に心より感謝します!誇りをもって日本人として生きていくことのためにも!

憂国者様

過日は、お人柄が偲ばれます暖かな応援を戴いたと感じ、嬉しく深い感謝でいます。御礼をと存じながら忙しくしており今日になりましたこと、お詫びいたします。私は心理カウンセラ-をしていますが、守秘義務があり、「一杯の水」の部分は了解頂きました。出来れば歴史の生き証人として、テ-プにでもよろしいので、ありのままをお話下さいと、お願いしていますが、皆様ご高齢であり、謙虚でシャイですから、話す事は恥のように思っていらっしゃいますので、私にだけとゆうようです。他に731部隊、南京陥落時に赴任していた将校さんからも、その真実をお聴きしています。南京は国民兵が農家を襲い略奪、焼き払い逃げていった-。731部隊は残虐な行為はしていません-誓って言いますと、涙ながらにお話になります。戦中も戦後も過酷な人生を生きてこられた人達ですが、その運命を恨むでなく、日本を守れなかった事への自責の念を未だに持っていらっしゃいます。そして「人間を殺すこと」を教えなければならなかったことを恥じていらっしゃいます。「戦争ってそういうことなのだと思います」。と言う私の言葉に、少しほっとされて、束の間ですが安らいだ時間のように私には感じられました。皆様に共通していることは、精神の支柱が凛として清々しいことです。私たちが、こんなに立派な先達に守られて今が在る事への感謝と、先達の顔に泥を塗るごときの捏造された自虐史を、次の世代に決して手渡してはならないと思っています。その為に私には何が出来るかを考えています。この国の形に憂いを持って見守っていらっしゃる憂国者様に満足いただけるお返事ではありませんが、この場をお借りして、事情といきさつを「ありがとう」の言葉に添えて伝えさせていただきました。
あいさん、どうかお伝え下さい。

何度も何度も読み返し、涙が止まりません。このような貴重なお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。

以前に、小林よしのり氏の漫画で「731部隊」の話があり、「中国軍が井戸にコレラ菌や毒物を入れて、日本人や日本の兵隊さん達を殺すので、その対処の為に731部隊があったのだ」というのを読んだ事があります。

小さい頃、私の祖母は「人の言葉を信じては駄目、その人の日々の行動をよく観察し、判断するのですよ」とよく言ってましたが、この教えのお陰で、中朝韓米・在日や歴史問題等の情報を、正しく判断する事が出来たと思っています。いくら中朝韓米・在日らが巧妙な言葉を駆使し、大衆心理を操作するような派手なパフォーマンスを展開しても、

彼らの日々の行動・態度・人間関係・長い歴史の中で培われてきた習慣等が、彼らの「言葉の嘘」を見事に“証明”しています。(三光作戦、清野作戦、便衣兵、前王朝の破壊、歴史捏造、寄生虫&痰入りキムチ・食品・健康衛生への無知と無関心・人命軽視・公衆良俗の無さ・捏造歪曲への無罪悪感等)数え上げると切りがありません。

その反対に日本人はどうでしたでしょうか?戦中は出来る限り「国際法を遵守」し、戦争で受けた「悲劇」「惨劇」を糾弾することなく、ただ黙して語らず、戦後復興に一生懸命に努め、また戦後60年間、どこの国とも戦火を交えず、ただひたすら「世界平和への貢献」を果たし、高度な技術力と勤勉精神により、高品質で安全性に優れた『日本製品』を世界に提供し続けてきました。

このようなご先祖様のお陰で、今の私達の平和があり幸福があること、『深く感謝」しております。が、感謝だけでなく、ご先祖様の『名誉や真実』を色んな手段・方法を用いて、回復させていきたいと思います。

あいさん、どうかその元日本兵の方々に、私が『感謝の念と共に、元日本兵の方々を『非常に誇り』に思っていること』をお伝え下さい。

花 様

ありがとうございました。
日本のために何が出来るか、考えている方が沢山いらっしゃることに、日本も捨てたものじゃないと、心強く嬉しく受け取らせていただきました。

花様のお気持ち、感謝の念と誇りに思って下さっていること、しかとお伝えいたします。
ありがとうございます。
あい様、

ありがとうございます。
これからも、元日本兵の方々のお話を聞き、慰めて差し上げて下さい。このようなボランティアをされてる、あい様は、とてもお優しい方なのでしょう。

私は「今まで父祖の思いに耳を傾けて来なかったこと、無関心でいたこと」を悔やみ、恥ずかしく思っています。ですからどうか、またもし、このようなお話があれば、元日本兵の方々の了承を得て、お聞かせ頂けますでしょうか?宜しくお願い致します。

日本は蒸し暑いことと思いますので、あい様もそして、元日本兵の方々も、くれぐれもお体をお大事になさって下さい。
東條由布子氏の政見放送で
硫黄島のことを「忘れられた領土」(??、記憶不明瞭)と仰せでした。アメリカはアメリカ将兵すべての遺骨を持ち帰ったのに、日本、それも東京都なのに未だに1万柱以上の遺骨が放置されています。国として恥ずかしい限りです。
この遺骨をすべて政府の責任で持ち帰り、遺族の元に返せるものは返し、遺族不明の遺骨は千鳥が淵に丁重に葬ること。
これが完了して、はじめて戦後が終わるとも言えるのでは。
ありがとうございます。

『かくすれば、国難突破出来るなら、いかでや軽き、わが生命かな』(特攻隊員 渡里修一 18歳)

南方戦線で亡くなられた英霊の方々、中国・朝鮮で亡くなられた英霊の方々、ソ連のシベリア強制収容所で亡くなられた英霊の方々、そして日本本土で亡くなられた英霊の方々に、心からの感謝とご冥福をお祈りいたします。

そして何より、最後まであの戦争を戦い抜き、生きてご帰還され、戦後の日本復興に尽力を尽くして下さった「英霊達」に、心からの感謝を捧げたいと思います。

あの日本民族存亡の瀬戸際にあって、あなた方が示して下さった、その勇気と日本民族の誇りを、私達子孫は必ず受け継いでゆきたいと思います。ありがとうございます。
こんなに優しい人達が…
あい様

返信の書き込みありがとうございます。返信があるのを知らず、返信の書き込みが遅れてしまいました。

私はしがない製造工場に勤める者ですが、末端ながら日本のものづくりの現場に居られる事を誇りに思っています。

私は今の殺伐とした世の中を見るにつけ、母親が子供を殺し、子供が親を殺すという事は親は躾も出来ず、何も教えず、結局愚かな人間を産み出す女性ばかりが多くなったと思っています。挙げ句ジェンフリだのフェミだの共産主義の恐ろしいカルト思想を持ち出す女性に、逆に聡明で真面目な女性達は博士様のエントリーではないですが、カルト統一協会の朝鮮人に騙され、嘘で洗脳され、朝鮮半島に送り込まれ、拉致そのままの状態で朝鮮人男に奴隷として結婚させられるという話を聞いて、日本には最早人格破綻した女性が多くなり、明日の日本を支えられる子供達も産み育たないのか…と前向きな自分が悲観的になっていました。

しかし…

その悲観論はある部分で間違いでした。
恐らく、あいさんや花さんは女性と推測します(間違いならごめんなさい)。

これだけ聡明で真面目で賢い女性がいるのだ、と思うだけでもまだ日本の未来は捨てたものじゃないなと改めて思いました。

続きます。

続きです。

人それぞれ考え方は違い価値観も違いますが、本質は時代が変わっても変わりません。優れた人間を産み育むのは男だけは出来ません。女性が存在してこそなのです。

お二人のような賢い優しさを兼ね備えた女性を私は非常に尊敬します。

そして我々日本の男女が手を携えて協力していくところに日本再生と明るい道が切り開かれると信じて居ります。

これからもあいさんの優しい視点の書き込みを楽しみにして居ります。

長文失礼しました。
本当に有り難いお話
済みません、もう一度書き込みお許し下さい。

あいさんの書き込みを読み、泣けて来ます。花さんの兵隊さんの辞世の句を読み号泣…正にあいさんの仰る通り、清々しい凛としたと表現された元兵隊さんの姿のごとく、この兵隊さんの辞世の句も暗さがない!

彼らの運命や使命に比べれば、私などまだまだ甘い!まだまだ楽だと思います。その思いは靖国の神社で特攻隊員の家族宛ての最後の手紙を読んだ時同様です。
そう思うと今の生活は恵まれてる、辛い事も前向きな気持ちで乗り越えようという気持ちになります。

ここの対戦もそうですが、家族、親類、故郷を守ろうとした英霊達のためにも
一刻も早く天皇陛下、総理大臣をはじめ、日本国民全体の参拝が何事も無く行われるような社会になって欲しいです

以前見た記事だなあ
またハッキング受けてるんだろうか
日本人の素晴らしさ

憂国者さん、ありがとうございます。

憂国者さんは、世界の経済大国日本の土台を支える『製造業』に従事されているとのこと、本当に誇らしいことだと思います。外国の方は、日本の製品を見て「芸術品だ」とか、「天才!」とか、仰ってますが、私は日本の製品には、作られる方の『魂』が、込められていると思うのです。最初から『モノの哀れや命の尊さ』をそこに見い出せる日本人は、生れながらにして、『巨匠の精神』が宿っているのではないでしょうか?

話はそれましたが、この『匠の精神』が、いかにあの大戦のとき、日本を支えたか。そして、日本が他のアジアの国々と同じように、西洋列強国から、武力で制圧されなかったのは、その『高い技術力』と『強靭な精神力』と『高い文明』に支えられていたからだそうです。

あのアメリカの太平洋艦隊司令官のペリーが、「歴訪した国々の中でも、日本は極めて組織化された社会機能を備えており、日本が開国して、我々の文明に幅広く接するなら、驚くほど短時間に“軍事国家”、“産業国家”」になるだろう」と、報告書に書き記し、武力での制圧を諦めたそうです。

当時の日本は、国家予算も軍事力も米国やロシアと比べて、10分の1程度だったと聞いています、その日本人が日清日露で、大国ロシアと中国を打ち破り、ABCD包囲網の中、米・英・中・蘭+ロシア・フランスという、世界の大国達と堂々と戦い抜き、アメリカの何十倍という軍需物資の多さに、心ならずも負けはしましたが、

『日本人の志』や『アジア植民地解放の精神』は、見事に達成されたではありませんか。その先人達の艱難辛苦を思うと、自ずから私も何かさせて頂かねばと思わずにはいられません。本当に先人達の素晴らしさには、頭が下がる思いです。こんなに素晴らしい先人達、そして今の日本を憂える『大和魂』を持つ、“英邁”で”勇気”ある有志の方々がいる限り、日本はこの“国難”を、絶対に乗り切る事が出来ると信じています。

あいさんのお話を伺い、元日本兵の方々やまだ帰還することもできていない英霊となられた方々に対して、申し訳なさで涙が止まりませんでした。お一人お一人が日本を守ろうとして受けた、想像を絶する苦しみや困難に比べて今の日本は…、今の自分は…。
 「一杯の水」の意味を教えてくださり有難うございました。
米・英・中・蘭・露・仏の末路
追記

私は、あの大戦で“本当の意味で負けた”のは、米・英・中・蘭・露・仏だと思っています。

彼らの植民地国は次々と独立を果たしてゆき、植民地を失った英・仏・蘭は、見るも無残に“二流国家”に転落し、中国は文化大革命や大躍進などの大失敗で、何千万人という中国人が虐殺され、“大貧国”へと成り下がりました。そして、アメリカやソ連は、社会主義陣営と資本主義陣営という、絶え間ない戦争に突入せざるおえなくなり、国家予算の多くを軍事費に費やし、国民を疲弊させました。そしてソ連や社会主義陣営の崩壊。

日本はあの未曾有の大戦を戦い抜き、東京・大阪・日本64都市への大空襲や、広島・長崎原爆投下で、壊滅状態に追い込まれましたが、戦後、日本は、世界の経済大国として、不死鳥のように蘇えり、世界の尊崇を一身に集めました。そして、戦勝国らが、いくら日本を貶めようと「策略」を練っても、多くのアジアの国々は、日本兵士達の記念碑や慰霊塔を建てて下さり、日本の『大和魂』や『武士道精神』という英雄伝説は、今も語り継がれています。

これでは一体どちらの国が本当に勝ったのか?と疑問に思うのは、私だけでしょうか?
戦争の成果
戦争の成果はその結果で判断される。
日本は、アジア開放を掲げて、大東亜戦争に突入した。
結果は?
戦いには負けたが、目的は果たした!!
世界から、人種差別をなくした、日本の戦いは、東南アジアでは最高の敬意を持って賞賛されている。
疲れを癒やしてまた行動
花さん

私の拙い書き込みに返信の書き込みありがとうございます。
私なんぞまだまだぺーぺーで何の技術もありません。ベテラン先輩社員の素晴らしい技術を盗もうにも自分の仕事で手一杯、なかなか出来ません。

しかしながら、今まで製造業、特に技術を要する板金加工や溶接や諸々の技術で端材からモノを作るという技術を持つベテラン先輩社員の作品は素晴らしく、技術立国日本を彷彿とさせます。

今回の選挙で私は何も出来ませんでしたが、応援書き込みややれる事をしただけなのに流石に疲れました。

しかし、休息を取り再び日本再興の為に力尽くします。
慰安婦決議への反撃
かなり腹が立ちました。独りよがりというか、アメリカこそ正義だと言わんばかりの思い上がりに。それで、腹立ち紛れに米国大使館に不快感を伝えようと思い立ち、何十年ぶりかの英作文に取り組みました。口汚くののしるような文章になりましたが、これくらいの方が気持ちが伝わるかな、と自らに言い聞かせて送信完了です。へたくそな英文ですが、ご参考までに開示いたします。
We Japanese blame America for slaughtering good citizens in Hiroshima and Nagasaki with atomic bomb. You American should recognize yourself as the most atrocious rascal in the history. Your criminal deeds were not only the atomic bombings, but also enslavement of African people, blood shedding in Vietnam and Iraq, the discrimination of colored races at the present day in your own country and boosting the cycle of bloodshed with arms export in the whole world, and so on.
You American has no eligibility to accuse Japan for comfort women problem in the world war two, which was fabricated by false testimonies.

You American have justified yourself by saying that the atomic bombs were used for sparing the lives of millions people.
Needless to say, your paradoxical excuse was the absolute bullshit added after the ending of the war.
The truth was that the atomic bombings had been conducted mainly for the experimental purpose to assess the destructive capability of the atomic bombs, and the experiment had been conducted on the ground of the racial prejudice. (Richard Rhodes. 1986. The Making of the Atomic Bomb. Simon and Schuster.)
有志の方々は『生きてる英霊達』です。

憂国者さん

博士同様にお疲れのご様子、どうか、お体ご自愛下さい。有志の方々は、今「病める日本」にとって、無くてはならない『生きてる英霊達』です。

博士や憂国者さんら有志の方々の、日本再興への熱い思いは、きっと先人英霊達の元に届き、喜んで下さっていることと思います。

私も拙いながら、先人英霊達への恩返しに、出来る限りのことをしていたつもりでしたが、今回の選挙で、創価と在日をバックに持つ「民主党」が勝ったことは、かなりショックで、落ち込んでしまいました。ですが、落ち込んでばかりはいられません!

日本再興のため、博士や有志の方々をもっともっと、具体的に応援して行こうと決めました。上の半兵衛さんのように、アメリカの大使館に抗議文を書くのも良いアイデアですね。私も頑張ってみようと思います。

皆さんと共に、先人英霊達が私達に示して下さった『凛とした魂の輝き』を、私の命のある限り、後世に伝えていく努力を続けていこうと思います。

英霊に応える道は?
初めてコメントさせていただきます。

硫黄島での悲惨な戦闘の内容はその通りですが、よく掴みきれなかったのは、あの戦闘からどういう教訓を引き出そうとされているのか?という点です。

言い換えると、あの戦闘で亡くなった多くの日本人、アメリカ人の「英霊」に応えるために、私たちは何を教訓として学ぶべきだと考えておられるのか?
という点が、私の読み方がいけないのかもしれませんが、よく理解できませんでした。できましたら、少し解説していただけないでしょうか?
安倍さんを応援しよう。
http://mewrun7.exblog.jp/6272364/
は左系のブログですが、安倍さんの続投の経緯が書いてあります。
今年2月の深夜、安倍氏と麻生氏の間で交わされた密談について書かれていた。(産経)

『会話は自民党への政治路線へと流れ、麻生が「小選挙区が定着したことを考えると自民党は最大でも右から6割の支持者の声を反映する真の保守政党になるべきじゃないですかね。結党したころは少なくともそうだったはずだ」と熱を込めると、安倍は身を乗り出した。
「その通り。今は右から左まであまりに幅広くて、どっちを向いているのか国民には分かりにくい」

「自民党は右、左の2割を差し引いた保守中道を目指す」という、一時自民党内で有力
だった保守中道路線から、いかに軸足を右へずらしていくかという問題意識は安倍と麻生に共通だった。このことを確認できただで、安倍にとってこの夜の極秘会談は成功だった。話は弾み、2人が別れたのは、日付が変わる直前だった。』そう。・・・安倍氏と麻生氏は、いかに自民党の軸足を右側にずらし、右側からの支持者の声を反映する政党にするか、右側からの支持をできるだけ集め、憲法改正や国家再興を実現するか・・・それをメインに考えているのである。
そう言えば、参院選の当日もそうだった。

 7月29日の参院選当日の夕方、安倍首相の親分&兄貴分の森前首相や中川幹事長ら
が、安倍氏の将来を思い、惨敗の場合は退陣をした方がいいと判断。中川氏がその話を
するために官邸に出向いたところ、そこには先に麻生氏が来ていた。
 麻生氏は、少し前から「参院選の結果で、安倍首相の去就を考える必要はない」との
認識を示していたのだが。この日も、早い段階で安倍氏が続投することを確認し、自分
が支えると、わざわざ言いに来ていたのだ。(@@。
 これで気持ちを強く持てたのか、安倍首相は中川氏に退陣する気はないことを改めて
伝え、その夜のうちに、TVの取材で「続投宣言」を行なった。^^;


 安倍氏は、もう森氏や中川氏の声には、あまり耳を貸すまいと。今度は、本当に自分の
思う通りに人事を決めて、自分の思う通りに国政を進めようという思いが強まっている
のではないかと思われる。<言うことをきいて、特にいいことがあったわけでもないし。
却って、中途半端な状態になってしまって、ストレスも溜まっているだろうし~。(・・)>

 そして、その「自分の思う通りに」の第一歩が、麻生氏を幹事長などの要職に置き、
麻生氏とタッグを組んで、自分の使命だと考えている改憲&国家再興の道を少しでも
進めて行くことであると。ともかく次の衆院選までに、自分のやれることはすべてやっ
た上で、国民の審判を仰ごうと・・・。
 それが、安倍首相が考える政権&自民党の立て直し策であり、逆転を賭けての大勝負
の始まりなのではないかと思われる

死守
辞世

「国の為重きつとめを果し得で 
       矢弾尽き果て散るぞ悲しき」

「仇討たで野辺には朽ちじ吾は又
       七度生れて矛を執らむぞ」

「醜草の島に蔓るその時の
       皇国の行手一途に思ふ」



私たち次世代のために、言葉に尽くせぬ辛苦を耐え、ふるさとを遠く離れて亡くなったすべての英霊に、あらためて尊敬と感謝を捧げたい。
現代を生きるとは
過去の人々の屍の上に、土のようなものを被せ、今の私たちが生きているのでは、ないでしょうか。
私も若い頃は、自分は「全く自由な宇宙空間に浮かんでいるのだ」と、思っていましたが。
壮大な自然史、人類史、のチェーンの端っこの一部で、切り離すと、どこにすっ飛んでいくかも分らん、微小なモノ。今は、そんな感じです。
風に吹かれれば、吹き寄せられ、力を込めれば込めるほど、自分が動いてしまう根無し草・浮き草に,ならないようにしなければ。と思う昨今です。

99%、過去から受け継いだ遺産(身体を含め)の上に「頭のようなもの」を、くっつけて、「戦争を起こしたのが悪かった」とか、「無駄死に」とか、ああでもない、こうでもない、と言って過去を叩いていますが、これは、単に「自分の身体の一部を叩いて傷つけている」に過ぎない事。に、気づくべきでだと思います。

このエントリーを拝見してから、毎朝、水一杯を捧げています。
自分が出来る事を一つ一つしていきたいと思います。
安倍首相を応援すべし!
このまま、日本の最高指導者を見捨てて朽ち果てさせるのは支持者として見るに忍びない。

最後まで首相を支持しようと思います。
各地の英霊に御礼を申し上げて参りました。
当地・沖縄の高台にある「白梅学徒」の壕の高台で、南洋群島、越南、インドシナ半島、マレーシア、硫黄島、日本各地の守備隊、そしてこの沖縄地、の守備隊、看護隊の皆さん、各地のみなさんに想いを馳せながら御礼の祈りを捧げさせて頂きました。もちろん民間の死傷者の方々にもお祈りさせて頂きました。
そして晴れ晴れとした気持ちで帰途につくことが出来ました。合掌。
お久しぶりです
「米軍の本土侵攻を1日でも遅らせたい。家族や子供たちの平安を1日でも長く」
これは当時の日本の男たちの総意だったと、当時を知る者から、聞きました。
攻められたら他国に逃げればいい
この記事を涙なくしては読めません。
8月15日はNHKが恥知らずな「日本のこれから」を放映し、「戦争放棄は人類の願い。他の国が襲ってきた場合、戦争を放棄し、全国民が他の国に逃げればいいと思います。なので日頃から近隣諸国と仲良くすることが大切」と30代女性の視聴者からのアンケートを紹介していました。
この女性に、この記事を読ませたいと思います。
恥晒しなNHKと無知な国民
Ponko様の情報を読み、呆れました。他国に逃げるってあなた方の祖国は日本じゃないの?と突っ込んで見たいです。

しかもそういう意見を恥晒しにもわざわざ番組で紹介するNHKは更に悪質です。

これほど日本国民の気概を溶解させたNHKはどこの国の公共放送局でしょうか。
もうたまりません
森林といわしみずの国日本はどこででも美味しい水が飲め…ああどれだけねみたかったろう…たまりません…しっかりしよう日本人そしてわが祖国よ…有難うございました。失礼します。
それより ドクト名称の変更を
 イオウジマかイオウトウか?長崎にも伊王島(イオウジマ)が在る。寂びれたリゾート島だ。大方の日本人はドッチでも良いと思っているだろう。だが「主権」を持つ国が名称を勝手に変えて良いのだ。町村合併で多くの昔からの地名が消失し美郷・美里など歴史的由来も何も無い地名が新たに出来た。島民もいっそ硫黄から全く離れた地名を付けても良いのだ。
 地図の多くが竹島を「ドクト」と表記しているらしい。韓国に習って電話攻撃・メール攻撃をして竹島並記を実現しましょう。

>攻められたら他国に逃げればいい

 どこまで愚かなのでせうか。戦争当事国の国民をホイホイ受け入れてくれる国がいったい何処にあると言うのでせう、工作員かも、武装難民かもと思われる訳で、簡単には入国させて貰えませんよ。近隣諸国に逃げ込むと言ってるようだけど、「近隣諸国」は日本ほど甘くはありません、人権だの保護だのが通用する国じゃないんですからね、何の役にも立たない難民だと判断されたら、即銃殺か強制労働に決まってるじゃありませんか。ホントにバカサヨプロ市民のバカさ加減にはもう開いた口が塞がりません。平和ボケ国家日本、逃げればいいだなんて考えてるのが大多数でないことを祈ります(もう手遅れかもしれませんが)。

>伊王島(イオウジマ)が在る。

 ご存知の方も多いでせうが、例の俊寛僧都が流されたのはこちらの島で、硫黄島ではありません。
「いおうとう」呼称回復おめでとうございます。
この報道には私も嬉しさを感じました。
報道ではさらりと流されていましたが、
実に感慨深いものでした。

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