2007/09/03(月) 02:51:40 [チベット]
北京五輪開催の資格なし!
中国が「活き仏」を管理下に 
中国の「活仏許可制」懸念 米大統領諮問機関が声明
大統領や国務長官に政策勧告する米政府の諮問機関「国際宗教の自由委員会」は2日までに、チベット仏教の高僧である「活仏」(生き仏)の選出を事実上、当局の許可制とする中国の新規則が1日に発効したことに「強い懸念」を表明する声明を発表、北京五輪開幕まで1年を切った中国に信仰の自由拡大に努めるよう促した。 ブッシュ大統領はアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を控えた8月下旬のアジアの一部メディアとの会見で、信仰の自由抑圧など人権問題が米中関係を「複雑にしている」と述べており、シドニーで六日に開かれる胡錦濤・中国国家主席との首脳会談でも人権・宗教問題をめぐる応酬が見込まれる。 新規則は活仏選出をめぐり「外国の組織・個人の干渉」を排除するとしており、チベット仏教の指導者選出は事実上、中国政府の管理下に置かれる。産経新聞 9月2日付記事より参照のため引用/写真は「2006年7月6日、チベット自治区の首都ラサ(Lhasa)で、1300年の歴史があるジョカン寺(Jokhang Temple)の前で施しを請うチベット僧ら」(c)AFP/Mark RALSTON
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チベットの「活き仏」を管理下に
国営新華社通信(8月3日)が以前に報じているが、この9月1日から、「中国」政府がチベット抑制を強化する新条例が発効。チベット仏教が、後継指導者選定のために伝統的に重視として来た「活仏の転生」が、「中国」政府の管理下に置かれることになった。新華社通信は、この条例は「活仏の転生の管理を制度化するうえで重要な措置」と報じ、中国当局(宗務課)への申請と許可が必要になり、チベットは信仰上の「至宝」までが更なる統制下に置かれることになった。「中国」政府の恐怖体質がここでまた1つ露呈する形になったといえよう。
チベットは元来「中国」の領土ではない。「チベット」という独立国である。中国共産党が国民党との内戦を制する間に、チベットの国域に侵攻し、1949年(昭和24年)までに、同国の東部のアムド地方、カム地方を制圧。その翌年(1950年)は、「西藏和平解放」と偽って人民解放軍がチベットの中央にまで侵攻。圧倒的な軍事力により、1951年に首都・ラサが占領され、チベット全土が収奪されたのであった。
ご存知の読者は多くおられると思うが、このチベット侵攻以来、中共によって殺害されたチベット人は150万人(大法論)に上り、先稿に記した通り、今も、チベット人に対する軍圧と暴力、惨殺は続いている。現・胡錦濤国家主席は、1989〜92年にかけて、このチベットに自治区の書記として赴任し、チベット人に対する絶えざる弾圧と大量処刑を指揮した人物である。その“功績”が、現在の地位の基礎にあることは指摘するまでもない。
この人物の指揮下にある「中国」が上述の新条例を発効。チベット人が最も尊重している「活仏の転生」を統制管理下に加え、精神的な面においても「支配」を誇示し始めたのである。同時に、チベット人が最も尊敬する「法王」を幼少の頃から管理し、洗脳によって「中国」に都合よい「法王」に造り替え、二度とダライ・ラマ14世のように母国チベットを愛し、平和を説く人物を輩出させない。その先々の目論見を含む条例であろうことは論を待たない。
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侵略と虐殺と国土収奪と 
インドに亡命するダライ・ラマ14世 (BBC)
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人民解放軍によるチベットへの本格的な侵攻は1950年(昭和25年)に始まった。同年10月、「中国」の軍事圧力によって締結を余儀なくされた「17項目合意」は、「中国」の軍事侵攻を正当化を強いるものに過ぎなかった。以来、無数のチベット人が侵攻を進める人民解放軍の手によって殺害された。1959年(昭和34年)3月、首都ラサで、「中国」の圧制に耐えかねたチベット人多数が蜂起したが、人民解放軍は87000人を殺害してこれ鎮圧。ダライ・ラマ14世と80000人の国民が北インドに亡命。そして、周恩来がチベット政府の開放宣言を行なった。 
チベットに侵攻する人民解放軍(BBC)
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「中国」は、1965年に「西藏(チベット)自治区」を設置。翌年から毛沢東の文革(文化大革命)により、チベットにさらに激しい虐殺と破壊がもたらされた。そして、1971年、「中国」はチベット北東部に核兵器の配備を開始。同時に、チベット国内への核廃棄物の投棄が始まった。
チベット亡命政府(北インド・ダラムサラ)は、1984年(昭和59年)に、「中国」の軍事侵攻によって殺害されたチベット人が120万人にのぼると発表。この80年代から、「中国」政府は中国人のチベットへの大量移民を推奨し、多くのチベット人女性が中国人との結婚を強いられ、新たなジェノサイドが重ねられた。これらにより、チベット独自の文化の破壊は加速されたのである。チベットでは、今も暴力と拷問、虐殺が続いている。チベットの国土は、「中国」政府の都合勝手によって変造が重ねられ、「中国」からの移民によって荒らされている。
たとえば、6000寺以上存在していたチベット仏教の寺院の大部分は、人民解放軍が破壊。観光用に残されたわずかな寺院も含め、激しい言論統制のもと、僧侶の日常生活までが監視下にある。チベットを塗炭の苦しみに追い込み、虚構と虐殺、領土略奪を糧とする世界最大の暴力集団・中国共産党は、このチベット破壊でも異臭を放ち続けているのである。このチベットの悲劇は、決して遠い国の出来事ではない。再び「解放」という名の下に、北京五輪、上海万博を境とした、台湾、日本への「軍事侵攻」を予告している。
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“南京事件”創作のモデルは「チベット人の虐殺」か 
チベットの位置(BBC)
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地図でご確認いただける通り、チベットは「中国」とインドにはさまれた位置にある。人民解放軍の侵攻に対し、約1万人のチベット軍が防衛に出たが、旧式の銃砲と陣形では全く歯が立たずに全滅。武器を持たない老人、婦女子を含むチベット人が大きく掘らせた墓穴の前に並ばされ、人民解放軍の機銃掃射を受けて命を落としたのである。倒れた親に取りすがって泣く子をその遺体の上で踊らせ、そこでまた機銃掃射を浴びせた。一列の処刑が終わると、また一列を並ばせて機銃掃射を浴びせる。パンチェラマ10世および他多数の証言である。
この手法こそは、後年にアイリス・チャンなる人物が数枚の偽造写真で捏造し、米国のマギー牧師が偽りの証言を述べた“南京大虐殺”に描かれる“処刑”「そのもの」の光景である。元来、中国共産党の文書にもない“南京大虐殺”。それが“史実”であるかのようにプロパガンダで喧伝した時期が、「中国」によるチベット侵攻の過程と同期している。
また、“南京大虐殺”の処刑方法は、チベット人虐殺に見せた「中国」の手法そのものである。言葉を換えれば、そのモデルは自らの「チベット人の虐殺」にあると指摘してよい。チベットにおける、さらには東トルキスタンにおける大量虐殺。ましてや、文革(文化大革命)における「中国」の自国民に対する7000万人以上におよぶ殺戮。それらに対する国際非難を回避するために、“南京大虐殺”が捏造された可能性があることを筆者は指摘しておきたい。
さらに、仮に一万歩譲って“南京大虐殺”が事実であったとしても、チベットにおける蛮行を今も続ける中国共産党に云々できる資格はない。わが国の政府は、この点を明確に指摘すべきであり、造られた“歴史問題”に頭を下げる必要は毛頭ないのである。
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【筆者記】
初期のエントリーで頻繁に用いた「中共」は、中華人民共和国の略称にとれるが、その実態は「中国共産党」である。人口比にして5%弱の中国共産党が支那全土、およびチベット、東トルキスタン、他少数民族の居住区域を軍圧と恐怖政治で支配している。
その手法は暴力組織であり、暴動は1日あたり平均250件以上発生。発砲によって命を落す国民は絶えない。世界1位の処刑の実際の数は、公表値の10倍に達しているとも指摘されている。このように人命に対する倫理を欠く「中共」をはじめ、油断のならない国家に囲まれている日本。これが極東情勢の実態である。日本は毅然として強くあらねばならない。その日本を良識が一致協力して守り、力を合わせて次世代の日本を築く。それが我々の世代の使命である。
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2007/05/18 00:00 カウンター設置 (数値はPCカウントのみ累算)
Author:博士の独り言
いかなる組織、団体とも無縁の日本人発行のメルマガ、およびブログです。初期のように、氏名とプロフィール、写真を掲載すべきと考えていますが、迫る身の危険回避の意味からも自重すべし、との筆者をよく知る友人らの制止により、現在は「博士の独り言」として活動しています。活動自体も全く無収入です。