2007/07/26(木) 06:39:11 [台湾]
友国・台湾を救え 
国連は台湾申請“門前払い”
【台北=長谷川周人】台湾の中央通信は24日、国連事務局が陳水扁総統が潘基文事務総長あてで提出した「台湾」の名義による国連加盟申請書を受理せず、返却したとニューヨーク発で伝えた。中華人民共和国政府が国連の代表権を有すると確認した1971年10月の国連総会決議に基づく判断で、事務総長報道官が明らかにした。 FujiSankei Business i. 2007年7月25日付記事より参照引用/写真は「台北市の夜景」(Wikipedia)
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中国の拒否で毎年の申請を否決
「台湾」の名義による国連加盟申請は、「中国」の反対により、1993年以来、ことごとく否決されている。表題記事によれば、『台湾外交部(外務省)は同日、遺憾の意を表明、同決議は国連における中華人民共和国の代表権は確定したが、「台湾の問題は未処理だ」と主張し、「台湾」名義による加盟申請を審議するよう訴えた』と記している。
あくまで国連加盟への申請は台湾国民の意思であることを確認するため、陳総統は、「台湾」名義での国連加盟の賛否を問う住民投票を、来年3月の次期総統選と同時実施する方針と伝えられている。
「中国」は、台湾を独立国として認めない。「一国二制度」のもとに台湾は領土である、とする主張。この「中国」の都合勝手な主張を裏支えしている事項が「日中共同宣言」である。
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友国・台湾を守れ
台湾は、明治28年(1895年)から昭和20年(1945年)までの間、日本の統治域にあった。1945年の第二次世界大戦終結の昭和20年(1945年)以降は、一貫して1つの独立国家である。
大陸が、昭和24年(1949年)の中国共産党による「中華人民共和国」となって以来、中共が台湾の統治権を主張し、今日では「1つの中国」を標榜してはいるが、元々は別々の国家である。今日の台湾世論の大勢も、台湾が中共の主権に帰属するものではなく、台湾という独立国家であるという点を基本にしている。
しかし、昭和47年(1972年)の日中国交回復にともなう、「日中共同声明」において、日本政府は、日華平和条約を終了し、日本国と台湾との関係は、事実上の断交となった。すなわち、日中国交のために、「親日国・台湾」が日本の外交関係から見放される結果となった。
今日の状況を鑑みれば、「中国」の意図に乗った「日中国交回復」よりは、日台関係を先ず優先すべきではなかったのか、と筆者は考える。中国と台湾とは、元来、別個の国家であり、「1つの中国」という「中国」の政治意図に乗った認識を我々は持つべきではない。この認識にもとづいて、「日中共同宣言」に囚われず、実務面を通じ、友国・台湾を守るために、可能な限りの施策を講じるべきである。
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愛する日本の孫たちへ
かつて日本人だった台湾日本語族の証言集 1
先稿で紹介した素晴らしい一冊である。再び小稿に紹介し、1人でもより多くにみなさまへの周知に努めたい。
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猪股 るー 著
出版社名 桜の花出版 (ISBN:978-4-434-10377-3)
発行年月 2007年04月
サイズ235P 21cm
価格 1,575円(税込)
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本の概略(紹介より引用)
やっかいな隣国、韓国に対して、もう一つの隣国、台湾は日本にどんな感情をもっているのでしょう?韓国と同じ条件で日本統治時代を過ごし、韓国人同様かつて日本人であった台湾のおじいちゃん・おばあちゃんたちは日本の過去の行いに対して、肯定的な意見がほとんど。そこにこそ、歴史の真実があると思えてきました。アジアの将来を憂い、日本人を叱咤激励して下さる、台湾日本語族11人の証言集。
(以上、引用)
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【目次】
1 ABS樹脂製造で世界一の企業「奇美実業」創業者・許文龍さん
―植民地統治は悪いこと?そうとは言い切れません
2 元少年工の交流会「台湾高座会」の斗六区会会長・黄茂己さん
―寒かった、ひもじかった。少年工の思い出
3 半導体デザイン会社「偉詮電子股〓(ぶん)有限公司」会長・蔡焜燦さん
―日本人よ、日本を愛しなさい
4 日本語を愛する台湾人の会「友愛会」名誉会長・陳絢暉さん
―「『貴様』の名前は知っていました」誤訳が引き起こした騒動
5 日本海軍出身の台湾人の会「台湾日本海交協会」理事長・葉子成さん
―自分の国のために戦って死んだ人たちを敬って何が悪い?
6 『台湾のいもっ子』著者・蔡徳本さん
―日本人が知らない、日本が去ったあとの暗黒の台湾
7 グアテマラ共和国にてコーヒー農園経営・郭振純さん
―厳しい拷問の末、二十八歳から五十歳までを監獄で過ごす
8 「友愛会」会員・劉心心さん
―台湾語、日本語、中国語、英語。色々な言葉を話せるけれど
9 「台湾退役軍人及び遺族協会」理事長・許昭榮さん
―元日本兵の台湾人のその後、皆さんは知っていますか
10 翻訳や通訳、貿易仲介などを手がける「総合服務中心」代表・鍾紹雄さん
―日本人よ、泰平の眠りから目を覚ませ
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【筆者記】
台湾は、未来に必須であろう「脱中国の時代」を考える上でも、大変に重要な友好国である。食品、製品、プロパガンダの毒害により、「一利」のために「百害」をおよぼして来る「中国」との思考停止した関係を脱し、台湾の存在を今一度認識し直し、本来の友好国として認識するべきだ。中共が1000基以上配備しているミサイルの照準の中に、この台湾と日本がある。この現実からも目を逸らすべきではない。
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2007/06/04(月) 22:20:12 [台湾]
日本は「中国」に強くあれ 
李前総統、平泉・中尊寺を訪問=後藤新平の生誕祭に参加
来日中の台湾の李登輝前総統は4日、松尾芭蕉の「奥の細道」ゆかりの地である岩手県平泉町の中尊寺を訪れ、金色堂などを見学した。 李氏は中尊寺で案内者に時折質問をしながら、熱心に説明に聞き入っていた。拝観後、記者団に感想を聞かれ、「京都から離れた場所で、これだけ繁栄していたというのは大変なものだ」と語った。 李氏はその後、旧台湾総督府の民政長官を務めた後藤新平の記念館と生家も訪問。後藤の生誕150年記念祭にも飛び入り参加し、「後藤は100年先を見通した偉大な指導者だ。彼の努力によって台湾が大いに近代化された」などと功績をたたえた。時事通信 6月4日より引用 /写真は『中尊寺金色堂前で曽文恵夫人と写真撮影に応じる台湾の李登輝前総統(左から2人目)。記者団に感想を聞かれ、「京都から離れた場所で、これだけ繁栄していたというのは大変なものだ」と語った』(4日、岩手県平泉町)』時事通信社報道より引用
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日本は「中国」に強くあれ
李氏は、この3日、山形、宮城両県を訪問中に産経新聞と会見。『日本は中国に対抗してアジアにおける主導権を確立すべきだ』と述べ、日本の首相はじめ政治家が、「中国」に対して足腰の強い立場を築くことが、日台関係ひいてはジアの安定につながることを示唆した。
産経新聞の取材に対し、李氏は、『例えば、中国との関係だが、中国人のしたたかさを日本人はあまり知らない。知っている人もいるが、利益にとらわれ、生ぬるくなる。国がどうなるかをあまり考えない。このような時勢の中でこそ、思い切って新しい方向付けをするリーダーシップが求められる』と指摘。
安全保障の上で、米国の影響が低下する兆候を見せている東アジアにおいて、李氏は日本のイニシアティブに期待し、『ならば日本は中国にどう対応するか。強大な胡錦濤(総書記)には警戒が必要で、表面的にはいい関係をつくりながら、キーポイントでは相手に妥協させる“賢さ”が大切だ。相手を知り、決して受け身になってはならない』と述べた。
李登輝氏ならではの日本に対するアドバイスである。アジアの火薬庫「中国」にいかに対峙し、自らの国を守るか。指導者は国民のために強い魂を持ち、明晰に「中国」を見抜く眼を持つべきと教えておられる。友国・台湾の民主主義を築いた李氏の存在は、この上ない先生であり、お手本であるといえよう。
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奥の細道の旅は続く
さて、2日に宮城県松島を訪問。「松島や 光と陰が 眩しかり」との句を詠まれている。みちのくはまさに新緑薫る時候にあり、李氏の眼(まなこ)に映った松島の情景が浮かぶようである。
そして、この日(4日)は平泉(岩手県)を訪問。中尊寺を経て、後藤新平民生長官の記念館と生家を訪問。後藤氏の生誕150年記念祭にも飛び入り参加し、大きな拍手で迎えられた。後藤氏の功績を讃え、李氏は、『100年先を見通した偉大な指導者だ』と述べている。
『100年先を見通した指導者』。李氏が、新たに出(い)でよ、育てよ、と期待される「日本の指導者像」でもあろう。先の講演(1日の授賞式)における、後藤氏とは、時を隔てながらも『精神の空間で結ばれている』との言葉が、また、未来においても、誇れる先人を鑑とし、このような指導者が日本から出(い)でよ、との期待の一言にも映る。
「先人の 碑にきらめくは 夏の日ぞ」。拙き筆者の句である。短稿にて。
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【筆者記】
旅行に出かけたつもりで、この日曜はしばしの間、近隣の森を散策した。この季節は緑の香りが有り難い。その時の1枚である。 
新緑の道(筆者)
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2007/06/03(日) 07:38:58 [台湾]
李登輝氏が松島訪問 
「松島は今も変わらず」と旅満喫=台湾の李前総統が宮城県訪問
訪日中の台湾の李登輝前総統は2日、曽文恵夫人らと、松尾芭蕉がたどった「奥の細道」にゆかりのある宮城県松島町などの名所を散策した。 松島で李前総統は、瑞厳寺や円通院を訪れ、五大堂を背景に記念撮影。「松島や 光と影の まぶしかり」と自作の俳句を詠み、「便利になったが、松島は昔も今も変わらず。日本文化は精神的な面と自然がうまく調和している」と話した。時事通信 6月2日より/写真は「松島の五大堂付近で案内を受ける台湾の李登輝前総統(左手前)。松尾芭蕉がたどった「奥の細道」にゆかりのある宮城県松島町などの名所を散策した(2日午後、宮城県松島(時事通信)
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日台は「生命共同体」
有志ブログの多くがあつかわれていることと思う。李氏が後藤新平賞授賞式(6月1日 東京・六本木の国際文化会館)に臨まれた時に講演について周知され、内容を克明に速報された有志もおられたことに感銘した。諸氏の尽力に心より敬意を捧げる。
李氏は、同授賞式で謝辞を述べ、後藤新平民政長官(当時)の台湾の近代化を築き上げた業績を自らの立場を通じて称(たた)えられ、『後藤新平は1857年生まれで、1929年に没した。私は1923年生まれ、交差していないが、精神の空間で結ばれている』(有志)と日本との精神の深いつながりについて触れられた。
産経紙(6月2日)は、この講演について、『インフラ整備や教育の普及に力を注いだ後藤と自身の関係を「台湾の近代化を進めた後藤新平、民主化を進めた李登輝」と自身との対比』と報じている。現在の台湾の繁栄は、後藤新平氏の精神を引き継がれた李氏の総統時代の尽力を基礎としていることを語られた。その様子を伝えている。
訪日の主旨にもとづき、李氏自ら政治的な発言を避けられているが、同授賞式後に、李氏は『日本と台湾は生命共同体。台湾にいったん何かあればすぐ日本にも響く。台湾海峡問題も日本の大きな1つの問題だ』(時事通信 6月1日)と述べ、「中国」には弱腰な対応で過ごして来た日本の施策だが、今後は毅然とあるべきことを示唆されている。
さて、李氏が宮城県を訪問。いよいよ「奥の細道」の旅へと入られた。時は新緑薫る季節。天候に恵まれることを願う。
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「中国」が共同開発中間線案を拒否
読売紙(6月2日)は、先のガス田開発に関する「日中局長級協議」(5月25日 北京)において、「中国」側は、共同開発を前提とした「中間線案」を同協議の中で拒否していたことを報じている。
協議の結果(経過)を外務省が明言しなかったために、メディアは具体的に報じることが出来ず、しかし、しびれを切らした形の報道と筆者には映る。将来の国益に深く関わる事項である。この1週間の空白は実に大きい。同省の「中国」への弱腰の対応にせよ、曖昧な経過説明にせよ、良識の指摘を受けて然るべきであろう。
先稿で触れたが、「中国」側の主張とは、「中国」側が中国沿岸から沖縄西側の「沖縄トラフ(海底の溝)」までの大陸棚に権益が及ぶとする独自勝手な「自然延長論」をもとにするものである。その独自論をもとに、日中中間線付近の白樺などのガス田での共同開発を拒否したのである。
また、この共同開発それ自体は「中国」側の“合意”でもあったはずだ。さる4月の温家宝氏(中国首相)の来日時に、「広い海域で共同開発を行う」「今年秋に具体策をまとめる」等と。日中両首脳は合意していたはずだが、さて、蓋(ふた)を開けてみれば「拒否」する。同海域には軍艦を派遣し、戦闘機による低空軍事演習もやってのける。「ぼったくりの飲み屋」と同様の態度だ。
特定国に対しては、日本人の常識尺度は通用しない。「大人の対応」で測ることは出来ない。一歩譲れば、五十歩、百歩と踏み込んで来る。その本質を見極めた上で、強腰で対応しなければ失うものは大きい。外交政策の上で、先ず、この対応を見直す必要がある。これはまた、台湾海峡について、李登輝氏が懸念される事項とも軌を一にしている課題であるはずだ。
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メディアは認識を改めよ
李氏の来日に際し、一部のメディアは台湾統治時代を「植民地時代」、李登輝氏を親日「派」と盛んに記す傾向にあるが、これは「中国」はじめ特定国の意図を汲んだ報道スタンスである。記すべきは「統治時代」であり、日台が力を合わせて築いたその「史実」と「内容」である。
また、その精神を引き継ぐ李登輝氏の前総統としての存在が無ければ、今日の台湾の繁栄は無かった。「派」と呼ぶのは失礼である。
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【筆者記】
北京週報(6月1日)は、朝日新聞の提携紙・人民網(人民日報)の報道を伝え、相変わらず、李氏の訪日にクレームを発している。
人民網を引用し、云く、『中日関係の安定した発展の維持は、両国の根本利益に合致し、これには双方の共同努力が必要だ。日本側が台湾および歴史問題を適切に処理することは、中日関係の健全で安定した発展の基本条件だ。われわれは日本側が、中国側の厳正な申し入れと厳重な懸念に真剣に応え、実際の行動によって歴史問題と台湾問題を適切に処理し、中国側と共に中日関係の前向きな発展を促していくことを望む』と。
ガス田を収奪し、沖縄まで自国領土(トラフ)の延長線上にありと主張し始める。まさに侵略行為である。戦後のさまざまな軍事侵攻によって、領土を拡大して来た「中国」とは、一線を画した外交施策が必要である。同時に、友好国台湾を置き去りにしてはならない。その重要性を見直す時期に現在はある。
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2007/06/01(金) 06:36:54 [台湾]
李氏が「奥の細道」旅へ 
「奥の細道」の旅スタート=李・前台湾総統、芭蕉記念館を訪問
日本に滞在している台湾の李登輝前総統は31日、曽文恵夫人らとともに東京都江東区の芭蕉記念館を訪問し、長年の念願だった「奥の細道」の旅をスタートさせた。 李氏は6月1日に明治・大正時代の政治家、後藤新平の生誕150周年を記念して創設された「後藤新平賞」の授賞式に出席。翌2日から6日まで松尾芭蕉がたどった「奥の細道」ゆかりの東北地方を訪れる。 記念館では山崎孝明江東区長らの案内で館内を見学。「深川に 芭蕉を慕い来 夏の夢」と自作の俳句を詠み、その後、芭蕉が居を構えた隅田川沿いの周辺を散策した。産経新聞5月31日/写真は「日本に滞在している台湾の李登輝前総統(中央)は、曽文恵夫人(右)らとともに東京都江東区の芭蕉記念館を訪問し、長年の念願だった「奥の細道」の旅をスタートさせた(31日午後)(時事通信より)
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念願の「奥の細道」へ
日本を心から愛し、日本国民の多くから敬愛される李登輝氏が、長年の夢であった「奥の細道」の旅に入った。
同日の産経紙は、同氏について、『李氏は「今回は芭蕉が歩いた道の半分も歩けない」と残念そうだが、この後、芭蕉旧居を記念する庭園を見学した。念願の旅路につく心境について「芭蕉がこれから歩く道がわからなかったのと同様、私にもわからない」とユーモアたっぷりに話した』と伝えている。
李氏の日本語は非常に流暢で、取材で接しているうちに、故郷の父親を思い起こした、と同紙の1人が筆者に語った。松尾芭蕉記念館(東京都江東区)への訪問の様子(動画)を読者が知らせてくれたので、小稿に貼らせていただく。
台湾、李登輝氏芭蕉記念館訪問(Youtube)
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「深川に 芭蕉を慕い来 夏の夢」
人々が日の丸の小旗を掲げ、万歳を繰り返して歓迎。別紙面によれば、『松尾芭蕉の業績を紹介する同館では、山崎孝明区長らに案内され、「日本文化とは何かという問題を、『武士道』『奥の細道』を基礎として勉強したいと、今回来ました」』と李氏の言葉を伝えている。
今日(6月1日)は、都内で開かれる「後藤新平賞」の授賞式に出席。李氏は、第1号の受賞者として同式典に臨む。その後に、李氏は「奥の細道」へと入る。
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【筆者記】
「深川に 芭蕉を慕い来 夏の夢」。李氏が詠まれた一句である。李氏が生まれた台湾の国花は梅花(めいか)である。芭蕉の句の中で、梅の花を詠った歌は20にも及ぶ。 
自作の句を披露する李登輝氏(AP)
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その中に、「忘るなよ 薮の中なる 梅の花」との句がある。芭蕉が、奥州の旅への入り口で、出会った門人(僧侶)に贈った一句である。
主客と時代を勝手に置き換えた筆者のこじつけに過ぎないが、特定国により混沌の度を増す東アジア情勢は「藪の中」ともいえる。しかし、その藪の中の「梅の花」、台湾の存在を忘れてはならない。「忘るなよ 薮の中なる 梅の国」と、ふとそのように映る次第である。
「梅咲きて 桜花(おうか)を知るぞ 侍は」。これは拙き筆者の句である。 短稿にて。
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2007/05/31(木) 05:47:17 [台湾]
李登輝氏が訪日 
兄祭る靖国参拝を希望=22年ぶりの東京訪問−台湾前総統
台湾の李登輝前総統は30日午後、台北発の中華航空機で成田空港に到着後、「日本李登輝友の会」のメンバーや在日台湾人の支持者ら約200人の出迎えを受けた。到着時に、実兄が祭られている靖国神社への参拝への希望を表明した。李氏の来日は2004年12月以来約2年半ぶり。東京訪問は副総統在任中に南米訪問の帰途に立ち寄って以来約22年ぶりとなる。時事通信 5月30日/写真は「成田空港に到着後、笑顔を見せる台湾の李登輝前総統」(時事通信 5月30日より)
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退任後初の東京訪問
李登輝氏にとり、台湾総統退任後初の東京を訪問。今回の滞在期間は6月9日までの11日間となる。こう申し述べては失礼かも知れないが、李氏の高齢を考えれば、あるいは、体力的に今回が最後の訪日となる可能性も否定できない。良き旅行を過ごされることを願うと同時に、同氏を敬愛する多くの日本国民にとり、相互の心に残る訪日であることを願う。
李氏を台湾独立勢力とみなす「中国」の騒音がやかましい。云く、『台湾は中国の領土の不可分の一部だ。中国は自国への、いかなる国によるいかなる形の内政干渉にも断固として反対する』(姜瑜報道官・5月29日)。また、『台湾独立勢力に活動の舞台を与えるべきでない』(李維一報道官・5月30日)等々。自らが侵略国であることを棚に上げ、何をかいわんやである。
この「中国」の態度について、小ブログを訪問くださる日台共栄大賛成人氏は「台湾は今だかって一度も中国共産党の統治を受けたことはない。中兇の不可分の領土だって?冗談は休み休みにしてくれ。台湾は戦後六十数年来、ずっと立派な独立国家としてやって来ている」と喝破されている。事実はまさにその通りであり、「一国二制度」なる「中国」のプロパガンダに騙(だま)されてはならないのである。
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李氏の墓参り
表題記事には、云く『李氏の実兄は第2次世界大戦で日本軍人として戦死し、靖国神社に祭られている。同氏は記者団に対し、「まだ(参拝の)時間を決めていない」としながらも、「せっかく来たのだから、兄に会わなくてはいけない。そう思っている」と明言した』とある。李氏にとっての墓参である。
そもそも、靖国を「問題」化し、外交カードに仕立てているのは特定国のみであり、他国への内祀干渉は、文明国に非(あら)ざるスタンスである。政治上の判釈として、その国で何を祀ろうとも、首脳や政治家がどこに参拝しようとも、他国はそれを問題化し、恫喝する立場にはないのである。
たとえば、イタリアの首脳や政治家がバチカンに詣(もう)で、アラブの政治家がメッカに巡礼することがあったとしても、第三者にあたる他国は、それらに政治的な内祀干渉を加え、圧力をかける立場にはない。このごく自然に有るべきスタンスを理解できず、わが国に内祀干渉を繰り返す特定国の政治姿勢にこそ、その品位が問われるべきである。
まして、「兄に会いたい」とは、李氏の私的な墓参の希望である。これに対して「中国」が騒ぎ立てるとすれば、この国の国際的なモラルの欠如を指摘する良い機会となるであろう。
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必読の良書!
先稿で紹介した一冊だが、李氏の訪日を歓迎し、小稿に再び紹介させていただきたい。李氏は、日本の台湾統治について 「日本統治は台湾にとって大きな転換期。日本が残した教育と人材は、戦後の台湾工業化の基礎になった」(産経新聞 2005年8月5日)と述べている。
また、戦後の台湾についても、「日本人は蒋元総統の『以徳報怨(徳をもって怨みに報いる)』との言葉と戦後 賠償の放棄に感謝するが、(国民党政権が戦後)台湾で接収した日本時代の資産は工業インフラや不動産など、賠償以上の価値があった」(同紙)と言及。
「日本人よ、自信を持て!」。筆者が学生(院生)時代に面倒をみた研修生(台湾から来日)たちの、「おじいさん」「おばあさん」の世代からいただいた言葉である。
台湾のシニア世代には、皇室と日本人を敬愛する人が多数を占めている。統治時代とはいっても、日本の統治が、決して、特定国が難癖をつけるような“植民地支配”ではなかった証左であり、同国と日本とが、力を合わせて築いた遺産であることの証明である。読者は、すでにご存知のことと思うが、李氏の一冊を紹介する。
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「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは
李 登輝 著
単行本: 318ページ
出版社: 小学館 (2003/03)
ISBN-10: 4093873704
ISBN-13: 978-4093873703
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【目 次】
第1部 日本的教育と私
第1章 世界に目を開いてくれた先哲の教え
第2章 新渡戸稲造との出会い
第3章 新渡戸稲造、国際人への旅立ち
第2部『武士道』を読む
第1章 道徳体系としての武士道
第2章 武士道の淵源
第3章 義
第4章 勇・敢為堅忍の精神
第5章 仁・惻隠の心
第6章 礼
第7章 誠
第8章 名誉
第9章 忠義
第10章 武士の教育および訓練
第11章 克己 など
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書評紹介
(日経BP企画)「武士道」解題 ノーブレス・オブリージュとは
台湾前総統で旧制の日本教育を受けた著者は「日本の良いところや、精神的価値観の重要性を人一倍よく知っている」と言う。新渡戸稲造が100年余り前に著した『武士道』を解説しながら、日本人が忘れかけている高い精神性を取り戻そうと訴える。
新渡戸は「義」を重んじ、「忠」を尊び、「誠」をもって率先垂範するといった武士道が、民族固有の歴史や風俗、仏教や儒教、神道などと深く関わっていることを記した。著者は1000年もの長い間、日本に浸透し、世界に誇るべき精神的支柱だった武士道や「大和魂」を、戦後、日本が意識的に踏みつけてきたことを批判する。
日本再生を期す今こそ、武士道の規範を徹底的に再検討し、実践に移すべきだと熱く説いている。(日経ビジネス 2003年5月5日 日経BP企画の書評より) (以上、再掲)
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【筆者記】
「台湾が(今後)15年でおかしくなったら、20年ぐらいの間に、ここ(日本)は中国の何番目かの省になるかもしれない」、との先の中川昭一氏の指摘(2月26日)が思い起こされる。現今の河野洋平氏ら屈中政治家たちの売国活動のその先には、いずれ「中国」に「日本はわが国の領土である」「日本の独立運動は許さない」と云わしめかねない危険要素がある。
日本を守る。そのために良識が一致協力すべき時である。憂国の政治家はいかにあるべきか、その生きたお手本の1人が、この「中国」に屈しなかった「侍」李登輝氏である。
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2007/05/18 00:00 設置 (PCカウント)
Author:博士の独り言
いかなる組織、団体とも無縁の日本人発行のメルマガ、およびブログです。初期のように、氏名とプロフィール、写真を掲載すべきと考えていますが、迫る身の危険回避の意味からも自重すべし、との筆者をよく知る友人らの制止により、現在は「博士の独り言」として活動しています。活動自体も全く無収入です。