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2009/08/04(火) 10:36:09 [明るいニュース]

ギア氏「日本は世界一好きな国」

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日本中が涙した感動物語がハリウッドで完全新生
 1987年に日本でも『ハチ公物語』として映画化され、大きな感動を呼んだ物語が海を越え、アメリカで再映画化。帰宅するご主人様を毎日待ち続ける秋田犬のハチの愛らしくもけなげな姿に再び涙すること必至だ。名優リチャード・ギアが主演と製作を、『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』『ショコラ』の名匠ラッセ・ハルストレムが監督を務める。So-net 映画Web)8月3日付記事より参照のため引用/写真は「「HACHI」8日全国公開 教授役リチャード・ギア「世界で共感」確信」と伝える産経新聞記事(切り抜き)8月1日朝刊(16面)より参照のため引用

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「日本は世界一好きな国」

 国思う活動の拠点(事務所)を置かせていただいている藤沢市(神奈川県)にもシニア世代が多く、人通りが少ない早朝など、そぞろに愛犬や愛猫と散歩に出かけている姿をよく見かける。体躯の大小を問わず、血統種、雑種を問わず、どの犬も猫も、散歩主にとっては可愛いわが子である。身に、もしものことがあって、この子をノラにするようなことがあってはならない、と。だから、健康に気をつけて頑張るんだ、と語るシニアもおられる。動物好きの筆者にとって、その気持ちは痛いほど分かる。その「子」たちは、それぞれの「親」にとって気脈と愛情が通じた分身であり、かけがえのない存在に他ならないからだ。

 表題(映画)に関しては先稿に報告しているが、「忠犬ハチ公」の物語そのものが誰もが感銘を受ける実話に即しており、さらに、リチャード・ギア氏というまたとない名優を通じて世界に公開されるとあれば、ベストムービーに違いない。そう思うと、また小稿に紹介したくなるのである。産経紙面(8月1日朝刊)の紹介記事では、フリーチベットを提唱し、中共に屈しない、あの剛気なギア氏が、ハチ公の物語を読んで幾度も涙したことが再び記されている。

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So-net 映画Web)8月3日付記事
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 ギア氏は、云く、亡くなった飼い主を待つハチの姿について、「日本の修行僧が瞑想(めいそう)の世界に入る姿に似ているように感じた」と表現するなど親日家らしい一面も見せる」と。日本の理解者として、同映画の制作に加わった背景について触れている。また云く、「日本は世界一好きな国。日本人にはハチ公のような辛抱強さがあると感じる。忍耐は美徳だと思う」と語る」と。ギア氏が云われる通り、忍耐は美徳である。また、美徳とは、それを意識せずとも、心から出て自然に身を飾る。ゆえに、美徳を第一として生きよ、潔くあれ。己の失敗や瑕疵(かし)を他に転嫁するべからず(要旨)、との、伝家の教訓を聞きながら育った1人として、武士道に通ずるギア氏のメンタリティには好感が持てる。骨太の名優・リチャード・ギア氏のますますのご活躍をお祈りする。

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■ 主な関連記事:

リチャード・ギア氏が来日 2009/07/08 
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【筆者記】

 先稿で書かせていただいた秋田犬の「青葉」の命日が、この8月2日だった。祖父が故人となった後年のことであった。その名前の由来は、戦時中に、非常に優秀な軍用犬がいて何人もの命を救った。その名前が「青葉」であり、その功労にちなんで、後年、譲り受けた秋田犬の子犬に「青葉」と命名した、とのことであった。秋田犬とギア氏の映画の報に、国思う骨太の人であった祖父を思い出す。以上、記事を参照し、短稿ながら、小考を報告する。
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2009/07/03(金) 12:57:38 [明るいニュース]

旧吉田邸復刻の基金条例が可決

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旧吉田邸再建で募金活動を開始
 神奈川県大磯町議会は臨時会を開き、3月に焼失した旧吉田茂元首相邸(同町)の再建に向けた募金活動を行う旧吉田茂邸再建基金条例を賛成多数で可決、1日から町内9カ所に募金箱を設置するなど活動を始めた。産経新聞記事(切り抜き)7月3日朝刊(22面)より参照のため抜粋引用/写真は産経新聞の同記事より参照のため引用

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旧吉田邸の全焼

 旧吉田邸(神奈川県大磯町)の全焼については、多くのみなさまのご記憶に新しいことと思う。出火の原因は未だに特定されてはいない。だが、時折しも、中川昭一氏を閣僚から失い、麻生総理に対する「国策捜査」「陰謀」の罵倒の類が、一部の毀日集団によって激しく展開されていた時節であり、片や、北朝鮮によるミサイル発射の危機が迫っている時期での事件であった。御祖父の形見とも謂える同邸で、幼少時を過ごされた麻生総理は、その時に、「思い出のある建物であっただけに、大変残念に思います」(要旨)と短く語られた談話が記憶に残る。総理と、地元で保存運動に取り組まれて来た方々の心境を拝察するに余りある痛みを感じた次第である。

 この旧吉田邸の再建につき、この度は、神奈川県大磯町議会が臨時会を開き、焼失した旧吉田茂元首相邸の再建に向けた募金活動を行う「旧吉田茂邸再建基金条例」を賛成多数で可決し、この7月1日から町内9カ所に募金箱を設置するなど活動を始めた、とのことだ。表題はその概要を伝える紙面である。云く、「募集期間は平成23年3月31日まで。目標額は5億円以上。邸宅の再建や調度品の調達にあてられる。募金方法は、指定納入書による納入▽現金書留による郵送▽担当窓口へ直接持参▽募金箱への寄付。寄付の特典として、寄付した人の名前、金額を町広報で紹介するほか、「大磯ロングビーチ」の割引入場券などが贈られる」とある。


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紫陽花(筆者)
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 また云く、「 同町は「歴史をとどめる重要な部分は、完全に焼失前の姿に再現できるよう取り組みたい」としている。問い合わせは同町都市計画課((電)0463・61・4100、内線243)」とある。同邸の復刻がなされ、園庭の紫陽花にまた出会える日が来ることを、そして、その再建が、嫡孫にあられる国思う総理が健在であられる内に、と願う1人である。
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■ 主な関連記事:

「旧吉田邸全焼」一考 2009/03/23 
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【筆者記】

 JR東海道線で平塚から、大磯、二宮、国府津(こうづ)、鴨宮(かものみや)、小田原へと、車両に少々揺られながら西へ移動する。窓外に映り行く山々を背景とした住宅地や田園、緑地、そして、彼方に映る海岸の景色は風光明媚で、膝の上で開く駅弁が美味である。とりわけ、大磯を通過する時の、その緑の深さと格調を感じさせる空気に、幾多の先人の功労と恩恵を偲ばずにおれない。日本の風景と魂の足跡が、末永く伝え遺されることを。以上、記事を参照し、紹介する。
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日本は毅然とあれ! 
 

2008/04/03(木) 16:39:34 [明るいニュース]

 

 
日本の誇れる職人気質

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fact 真相 ボイコット第1号
 オリンピックは、選手が活躍するだけの場ではない。身にまとうウエア、使う用具を提供するひとびとにとっても、真剣勝負の場である。そんな晴れの舞台であるはずの北京五輪を、ひとりの“職人”が“ボイコット”すると宣言した。埼玉県富士市の辻谷政久さん(75=写真)である。週刊新潮 4月10日号(4月3日号)より参照のため抜粋引用/写真は同記事(グラビアページ)より参照のため引用
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清々しい笑顔

 清々しい表情をしておられる。辻谷政久氏(辻谷工業)が、表題(新潮誌面グラビアページ)に紹介されている。北京五輪を指して、淡々と、『やっぱりこの国にオリンピックをやる資格はありませんよ』と語った。その発言については、J-CASTニュース(3月25日付)の一報をもとに、有志ブログの多くがあつかわれ、小ブログでも先稿(3月26日)に紹介させていただいた。その後、産経新聞が「【すごいぞ日本】ファイルI」の中で、3回にわたって、砲丸の真髄を極める辻谷氏を紹介(3月31日~4月2日付)しているので、ご記億に新しいことと思う。

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小さな町工場で五輪メダルを独占してきた砲丸(手前)
を作る辻谷政久さん
(産経 Web 3月31日付

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 表題記事でも、辻谷氏制作の砲丸について紹介している。云く、『砲丸投げで使う砲丸を作って来た。鋳物(いもの)の素材を、辻谷さんがひとつひとつ旋盤(せんばん)で削って仕上げた重さ7.26キロの砲丸は、他社製に比べ1~2メートル飛距離が違うといわれるほどに選手に好評。男子砲丸投げでなんと、アトランタ・シドニー・アテネと3大会連続でメダリスト全員が辻谷さんの砲丸を使っていた(写真の砲丸は同型)』と記している。砲丸に特別な仕かけがあるわけではなく、丁寧に制作され、砲丸の「重心」が安定しているためだ。
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切削による制作は辻谷氏だけ

 その砲丸作りの一端を、産経紙(4月1日付)は紹介している。『一度に100個作ります。14工程あるので1週間かかりますね(辻谷氏)』と。さらに、『大切なのは後半の仕上げの工程だ。耳と目と手の感触を総動員して微妙な比重の違いを見分けながら表面を薄く削っていく。研究を重ね、川口の鋳物工場でも体験的に働かせてもらってようやく身につけた技術である。「教えてもほかの人にはできません。経験で覚えなければ」という(同)』と。やはり、技術と経験、五感のすべてを尽くした職人気質。その入り口とも謂えよう。

 日本の優れた職人に共通していること思う。もしも、ぜひ、その技を教えてほしい、等と。安直に尋ねようものなら、たとえば、「その問いは、10年早い」と喝破される。そうした話をよく聞く。それだけ真剣であり、制作に没頭している。職人のその証(あかし)であり、また、物事に正直でなければ、こうした気質はあり得ない。切削による砲丸作りは、辻谷氏独自の技術のようだ。同特集には、辻谷氏の以前のエピソードとして、『外国製の砲丸を取り寄せて2つに割り、中を調べると、空洞があったり、鉛を詰めたりして重さを調節していることが分かった』とある。これでは、辻谷氏の技術には適わないであろう。砲丸を手にとる選手にも、その「違い」が判るはずだ。
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何事も時間がかかる

 辻谷氏の砲丸が五輪に初めて採用されたのは1988年(ソウル大会)とのことだ。だが、競技で使った選手は誰もいなかった。次のバルセロナ大会(1992年)で、辻谷氏の砲丸を使った選手が『銀メダル』を獲得。その後、アスリートに評判が広がり、アトランタ大会(1996年)、シドニー大会(2000年)、アテネ大会(2004年)の3大会連続で、メダルの「金」「銀」「銅」すべてを独占、との快挙となった。それまでには相応の歳月と努力を要している。

 言い換えれば、物事を簡単には諦めない。何事も時間と根気が要る。その大切さについても辻谷氏は教えてくれているに等しい、と謂えるのではないか。
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「北京はやめました」

 しかし、北京五輪への砲丸の提供をあえて断った。それは4大会制覇という、新たな五輪での実績の積み重ねをも断念する。そのことも意味する。辻谷氏のその決断には、そうした採用、不採用や利害さえも超えた気質と誇りがある、と拝察する次第である。「毅然」としたスタンスは、そこから生まれてくるに違いない。

 清々しい笑顔を拝見し、ここに短稿を申し述べてみたくなった。およばずながらも、数十年後には、この辻谷氏のような表情で生きていたい、誇りを持つ日本人の1人でありたい。そう願って止まないからである。短稿にて。
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■ 主な関連記事:

砲丸「北京五輪提供しない」
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【筆者記】

 職人気質に通じる日本の学者もいる。辻谷氏のニュースで思い起こしたのは頑固な恩師の存在である。院生時代に、その恩師から贈られた言葉が現在を支えている。ある日、少し不精して手抜きの小論を提出した時のことだった。恩師は、不機嫌そうに筆者の小論文をクシャクシャと丸めて、くずかごに捨てて見せた。

 そして、こんな莫迦な学生を育てた覚えは無いぞ、とばかりに筆者を睨みつけ、こう諭(さと)したのである。「少しは世界に通用する学者になりたければ、孤独に耐え得る力と、100万人をも説得できる論理の力を磨け」と。また、「知識は、その人間としての力量を磨いた上で初めて活(い)きるのだ」と。また、「チャラチャラと知識を披見していい気になるな。1万年早いぞ、お前の態度は」(要旨)と。

 極寒の中で氷水を浴びせられた思いがした。否、5トントラックでバックして来た恩師から、氷の山を身にぶち撒かれたような痛さ、辛さがその時にあった。だが、その言葉は愛弟子への贈り物だったのである。感謝している。その懐かしの地も、桜の開花が間近のようだ。
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2008/03/26(水) 13:39:17 [明るいニュース]

 

 
誇れる日本の職人気質

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埼玉の世界一砲丸作り職人 「北京五輪提供しない」 
  中国チベット自治区の騒乱の影響で、一部で北京五輪へのボイコットが叫ばれているが、日本の砲丸作り職人が北京五輪への砲丸の提供を断っていたことが分かった。3大会連続で男子砲丸投げのメダルを「独占」、世界一ともいわれる職人だ。きっかけは、2004年に中国で行われたサッカー・アジア杯での中国サポーターのマナーの悪さや反日デモ。「こんな国に大事なものを送るわけには行かない」というのだ。J-CAST NEWS 3月25日付記事より参照のため引用/写真は「辻谷工業のホームページ。参照のため引用
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北京五輪での使用を断る

 おそらく有志ブログの多くがあつかわれているテーマかと思う。表題記事については、読者の多くから教えていただいた情報だ、感謝する。重心が安定しており、世界でトップレベルにある選手たちがこぞって使用しているという、辻谷政久氏(辻谷工業社長)制作の「砲丸」だが、北京五輪での使用を自ら断ったとの一報である。まさに、誇るべき日本の職人気質と感銘し、また、敬意を捧げ、小稿からも紹介したい。
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誇れる日本の職人気質

 北京五輪での使用を断った理由について、辻谷氏は、J-CAST NEWSに対し、『2004年に中国重慶で行われた、サッカー・アジア杯での中国サポーターの試合中の罵声・ブーイングや試合後の暴動、その後の反日デモで在中日本大使館に投石行為が行われたことを挙げて、「この国には大事なものを送ることはできないと思い、去年(07年)の11月に(オファーを)断りました」』(表題)とある。まさに、職人が精魂込めて作り上げる品は、単なる「品物」や「モノ」ではなく、自らの「分身」であり、「形見」であると謂ってよい。その分身を危険な国へ、まして、競技が無事に行われる確証がない所へ送り出すわけには行かない。若輩ながら、しかし、この信条のゆえかと拝察する次第である。

 また、砲丸の提供を断った後の今の辻谷氏の感慨も紹介されている。云く、『ギョウザの問題やチベットの問題以前に決めていたんですが、最近のニュースを見ても送らなくてよかったなと思います。やっぱりこの国にオリンピックをやる資格はありませんよ。(砲丸を使用する)選手には申し訳ないと思いますが、職人の心意気がありますから、何でも送って有名になればいいというものではないんです。真心かけた大事なものですから』(同)と。率直な言葉である。「この国にオリンピックをやる資格はありませんよ」と。粉飾や利権にまみれた一部の識者、政治家には、とても「言える」ことではない。

 日本の職人気質とは、「こういうものだ」と。その一端を明快に教えてくれる記事ではないか。辻谷政久氏の益々のご健勝とご活躍を願う1人である。短稿にて。
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■ 主な関連記事:

「長野聖火リレー」一考 
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【筆者記】

 思い出すよく似た話がある。少年の頃から「和菓子」に興味があった。幼い目に、彼岸に供えられた「落雁(らくがん)」が、ふと目に留まってからである。限られた素朴な材料から、職人の手で何種類、何十種類もの和菓子が作り出される。季節や行事に合わせ、そのバリエーションはさらに広がる。ある意味で「機微」を大切にし、また、ある意味で奥が深い。その奥深さはいったい何なのだろうか、と。

 是非、学びたい。その思いから、不器用ながら、夏休みなどに和菓子屋でアルバイトさせてもらったことがあった。早朝の下仕事をさせてもらいながら、横目で垣間見る職場は、何人もの職人がいながら、必要な「指示」以外は、話し声ひとつ聞えて来ない峻厳な「場」であった。各位がそれぞれの持ち場に集中しているためか。その神聖とも謂える空気の中で、次々と菓子が作り出されて並んでいく。色形にせよ、重さにせよ、機械で測ったかのような精密さが感じられた。

 たまたま、盂蘭盆の注文が入ったある午後のこと。「いえ、うちの和菓子は売れません」と。凛(りん)として断る店主の声が聞えて来た。もし、売れば大量に品が出て、店の利益になるはずだが。店主は、その(発注者である)暴力的な団体について、出入りする常連客や業者から評判を聞いていたようだ。「うちの和菓子を大切に思ってくれる人にしか売らない。わが子を送り出すのと同じだからな」と。この店主の気質と品格に、かけがえの無い教訓を得た思いがした。

 外務省などの研修に、日本の職人「弟子入りコース」を設けてみてはどうか。
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2007/12/10(月) 05:59:11 [明るいニュース]

 

犬「老婦人を救う」追考

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認知症女性温めたお手柄犬、名前は「ウシ」
 氷点下の夜、茨城県ひたちなか市の空き地で、行方不明になっていた認知症の女性(73)にぴったりと寄り添い、体を温めながら、一夜を過ごした老犬が8日、飼い主の元に無事戻った。飼い主も78歳の女性とあって、保護していたひたちなか西署では「おばあちゃん思いの優しい犬だからこそのお手柄」と話している。 お手柄犬の名は、白と黒のまだら模様から「ウシ」。発見当時、首輪はつけていたが鑑札がなかったため、条例上は「野良犬」とされたが、8日になって「新聞報道を見た」と飼い主が名乗りを上げた。ウシは5日午後から姿が見えなくなっていた。イザ(産経新聞)
12月9日付記事より参照のため引用/写真は「ひたちなか西署に保護された“救助犬”のウシ」読売新聞12月8日付記事より参照のため引用
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それぞれ無事に帰宅

 ご存知のことと思う。先稿で触れた老犬は、その後、飼い主が見つかったそうだ。写真を報じた読売新聞によれば、老犬は、『6日に「飼い犬の可能性がある」(ひたちなか西署)として、発見現場近くで放されたが、8日午後3時半ごろ、同市内で改めて保護された』と。その日の夜に、『飼い主の礒崎和子さん(44)(同市)が「新聞に出ていたのはうちの犬では」と、同署に名乗り出た』とある。無事に帰宅でき、名前も「ウシ」であることが判明。同宅で12年前から飼われていた(報道)とすれば、犬としては相応の年齢かと思う。

 老犬も帰宅できて良かった。とても良い顔をしている。産経紙によれば、『女性は薄手のセーターにジャンパーの軽装だったが、ウシがぴったりと寄り添っていたため、「全然寒くなかった」と話していた』と。老犬は、草むらにうずくまっていた老婦人を身をもって温めていたのである。

 詳細は忘失してしまったが、20年ほど前だろうか。信越であったと思う。雪が降り積もった県道の傍(かたわ)らで野犬を発見。すでに息絶えていた犬を、厳しい寒さの中で、もう1頭の犬がひと晩中寄り添って温めていた、との話が報道されたことがあった。二頭の犬はよく似ており、兄弟か、姉妹であったようだ。保健所に送らせてはいけない、と全国から問い合わせが殺到し、保護された犬の里親が決まった。そのような報道であった。

 一部に、他人の命をなんとも思わない殺伐とした状況や、動物の命を粗末にあつかう風潮がある中で、この時も、犬に教えられ、また、里親を希望する多くの人々の申し出に、世の中も決して捨てたものではないと筆者も思った。犬にも心がある。また、人にも当然心がある。寒さを乗り越えて行こう。
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【筆者記】

 朝の短稿にて失礼する。
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 一日一日を大切に、みなさまと共に考え、真実を共有できればと願っています。事実を指摘する批判は「悪口」ではなく、真実を掘り出し、その共有のために不可欠です。また、真実の共有はすべての第一歩です。正論は真実から生まれ、良識の声は必ず力になる。辛抱強く支えていただき、共に闘ってくださるみなさまに心より感謝します。